Q-4:西洋医学では遺伝子の検査などでがん細胞の個性や患者の個体差に応じたオーダーメイド医療が始まろうとしていますが、がんのオーダーメイド医療に漢方治療は何ができるのですか。

一人ひとりのがん患者やがん細胞の個性に応じたオーダーメイドテーラーメイドともいう)の医療が始まろうとしています。一方、漢方医学は「同病異治」という言葉があり、同じ病気でも患者によって治療法が異なるのが当り前であり、初めから「個の医療」「オーダーメイド医療」を基本としています。しかし、西洋医学の目指すオーダーメイド医療と漢方医療のオーダーメイド医療とは視点が違います。この両方を組み合わせるともっとレベルの高いオーダーメイド医療が行えるはずです。

1.オーダーメイドのがん治療:西洋医学と漢方医学の視点の違い

病気のなりやすさや薬の効き方、副作用の程度などは個人によって大きな差があります。このような差は個人間で500万〜1000万と推測されている遺伝暗号の違いに由来すると考えられています。遺伝暗号の差は、遺伝子の働きに影響を与えることがあり、これらが、従来「体質」や「素因」の違いと呼ばれてきたものの本体ともいえます。

がん細胞にも個性があります。増殖の速度や、転移のしやすさなどは、異常を起こしているがん遺伝子やがん抑制遺伝子の種類によって決まります。抗がん剤に対するがん細胞の感受性も、遺伝子を解析することによって予測できるようになりそうです。抗がん剤の分解・解毒に関係する遺伝子の働きの弱い人に非常に強い副作用が出ることから、患者の遺伝子情報に基づいて投与量を調整する方法も講じられるようになりました。

このように遺伝暗号の個人差と、がん細胞の遺伝子を調べることにより「体質」と「がん細胞の性質」の違いを遺伝子レベルで知ることができ、「必要な患者に必要な薬を、最適な量だけ」投与するといった患者の個性に応じたベストな治療を提供できるようになる、と西洋医学の学者は考えています。しかし、ゲノム解析が目指すオーダーメイドのがん治療とは、がん細胞の個性にあった治療法の選択と、患者の個体差に合わせた薬剤投与量に反映させるというものであり、あくまでもがん細胞を攻撃するためのオーダーメイド医療なのです。

一方、漢方が目的としているのは、病気によって失調している生体機能の種類や程度に合わせてオーダーメイドの治療を行なうことなのです。 漢方医学の診断治療は、「同病異治」という言葉に表されるごとく、たとえ同じ疾病であっても一人ひとり個別に診断治療することを原則としています。同じがんという病気であっても、患者個人個人の体質や病状が異なります。異常を起こしている臓器やバランスを崩している生理機能も個々の患者で異なりますし、同じ患者でもその病態は時によって異なるのがふつうです。この時事刻々と変化する生体の失調に対処し、生体の治癒力を引き出せる状態にもっていこうというのが漢方のオーダーメイド医療の基本です。

表:がんフオーダーメイド医療における西洋医学と東洋医学の視点の・痰「

西洋医学では普遍性再現性を兼ね備えた治療でなければ、科学的に有効性が証明されたことにはなりません。ある病気が漢方治療で治っても、その方法の有効性が他の患者に普遍的に再現できなければ、それは偶然効いたのだと考えて、その有効性を認めようとしません。しかし、この考え方は明らかに間違いです。がんに個性があり、体質に個体差がある以上、全てのがん患者に普遍的に再現できなくても、個別に対応して有効であればその治療法は認められるべきです。

漢方治療は、患者とのコンタクトのなかで試行錯誤しながら、最も適した治療法を見つけていく過程でもあります。薬に対する反応性や治療効果をみながら治療法を修正していくという方法論は、遺伝情報だけで規定されない諸臓器機能の失調を治していく上で極めて有用な方法論といえます。

2.「証」とは漢方的オーダーメイド医療

漢方では、病気の状態や患者の体質・体力などを診断して、投与する漢方薬を決めます。カゼのようなありふれた病気でも、10種類以上の漢方薬の中からどれが最も合っているかを考えます。西洋医学では病名や症状によって、使用される薬が決定されますから、同じ病名や症状であれば、投与される薬も大体同じです。しかし、漢方薬というのは、「この病気にはあれがよい」式には使えないのです。それはなぜかというと、漢方薬が、患者の体質や体力の違いを考えて薬を作っているからです。

病気の種類や強さの他に、患者の体質的傾向や体力などを総合的に考慮した漢方的な診断名を「」といいます。例えば、体力が消耗して生理機能の低下した状態、あるいは体力に余力がなく元気がでない状態を「虚証」といい、病気に抵抗する体力に余力がある状態や頑強な体質的傾向にある場合を「実証」といいます。虚証の場合には、まず体力を高め、自然治癒力を増強することによって病気に対抗する治療手段が必要です。このような漢方治療を「補法」と言い、用いる漢方薬を「補剤」といいます。

寒気や体の冷えなどの症状を訴え、温かい飲み物を好むような状態を「寒証」といい、新陳代謝や循環機能が低下し生体熱量の不足しているような状態と解釈できます。この場合には体を温める漢方薬を用いなければなりません。一方、身体の熱感、顔面紅潮、冷たいものをほしがるような状態を「熱証」と呼び、この場合には体を冷やす薬で治療します。その逆を行えば、病気はますます悪化してしまいます。

漢方薬を使って効果がなかったとき、「漢方薬が効かなかった」のではなく、「証が間違っていた」あるいは「証に合った漢方薬を与えなかった」と漢方専門の医者は考えます。証を診断し、その証に合った(有効な)漢方薬を選択する治療を随証治療と言います。この随証治療のやり方は、画一的な西洋医学的治療とは異なる、個別の治療(オーダーメイド医療)を行なえる利点があります。

3.「証」に対する西洋医学者の誤解

西洋医学専門の医者は、「」を「遺伝的背景に支配されたその人の体質」という捉え方をしています。そして、「証」を遺伝子のフェノタイプ(表現型)の一つとしてとらえることが「証を科学的に説明することになる」と考えています。しかし、この考え方は明らかに間違いです。

証とは、種々の病気の原因に対する生体の反応状態を総合的に判断したもので、病因の種類や強さ、生体側の体質や感受性や体力の予備力などによって、動的に決定されています。従って、体質や薬剤に対する反応性の違いを遺伝子のフェノタイプとして捉えても、証を科学的に証明したことにはならないのです。

病気は動的なものであり、生体の抗病反応の強さなどにより絶えず変化するものです。例えば、かぜの漢方治療における葛根湯証と桂枝湯証の違いは体力の違い(虚実)が基本にありますが、半表半裏証の小柴胡湯証は病気の原因と抵抗力の相対的な関係が加わります。漢方における表裏の概念は、病気のstage(病期)のみならず、「抗病反応」が起こっている身体内の部位を指しています。表裏の概念は遺伝子のフェノタイプを解析しても説明できないわけですから、証が遺伝子解析で説明できないことの一つの理由となっています。陰陽・寒熱・虚実の一部は遺伝子のフェノタイプで説明できますが、それは証全体のごく一部にすぎないのです。

4.遂次修正理論によるオーダーメイド医療

現代医学は、科学的合理的に割り切って、例えば、二重盲検試験で効果の再現性と普遍性がはっきり証明されなければ、その薬は治療に使用しないという立場に立ちます。大多数(例えば90%以上)の人に効果が現れるようなものでないと、科学的に根拠があるとは認められません。

一方、漢方治療は何らかの効果が期待できる可能性があれば、とにかく漢方薬を投与して治療してみようとします。この時の一つの考え方として、投与した薬の反応をみながら、薬や治療法を耐えず(遂時)修正していこうという方法があります。ただし、何の理論も根拠もなく薬を使うのではなく、「経験」という根拠に基づいて体系化された「理論」によって薬を選びます。

漢方の言葉に「同病異治」というのがありますが、同じ病気であっても、病人によって最も効果のある治療法は異なるということです。漢方の診断法により、合った治療法を絞り込むことはできますが、細かい修正は実際の治療を行なっているうちに行なうべきものと考えています。

現代医学は、病気に効く薬を探すのが大きな目的ですが、漢方医学では薬の使い方を追及するという態度が大きいといわれています。漢方に熟練した医師なら、証を目標として漢方処方を充分に使用できるはずですが、実際問題としては、その症状の組み合わせや、その条件、使用目標などは、各学派や個人によって異なり、明確に一致していないことが多いのも事実です。したがって、医師の主観や経験による部分が大きいために、診断、治療の成否が不安定であり、効果判定もはっきりしない欠点があります。実際の治療としては、試行錯誤を繰り返して、ぴったりと適応した薬方を探していることのほうが多いのが実情なのです。

かなり曖昧な治療法と捉えることもできますが、生体の反応が理論的に予測できないことの方が多く、投与した薬の反応をみながらより合った薬を探していくという試行錯誤のアプローチは、理論医学では受け入れられませんが、実地医療では有効なことが多いといえます。その薬が、同じ病気の人の10%にしか効果のないものでも、効いた人にとっては有効や治療法となるのです。

このページのトップへ