細胞性免疫の働きを高めるとがん予防に効果がある

免疫力が低下すると感染症やがんに罹りやすくなります。免疫機能の低下の原因として最も重要なのは老化によるものであり、そのほか精神的・肉体的なストレスや栄養障害なども重要です。エイズ(AIDS)のように免疫不全を引き起こす病気もあります。

人間の免疫力は18〜22才くらいをピークにして年令とともに衰え、ガン年令の始まりといわれる40才台の免疫力はピーク時の半分まで下がり、その後も加齢とともに下降するといわれています。また、現代人の食生活は、食品添加物・加工食品・インスタント食品などの氾濫や偏食といった、免疫力を損なう環境にあることも指摘されています。このような免疫力を低下させる環境を改善する努力と共に、積極的に免疫力を上げる努力が、病気の予防や治療において極めて重要であると考えられます。「免疫力を高めることはがんの予防や治療に役立つ」ことは今や常識になってきました。がんに対する免疫力を高めるための基礎知識を解説していきます。

1。免疫力は液性免疫と細胞性免疫のバランスでコントロールされる:

免疫とは、外界から侵入してくる病原体や体の中で発生するがん細胞など異常な細胞を認識して排除する仕組みで、体の防御機能の要です。免疫は主にリンパ球という細胞が中心になってコントロールされています。リンパ球にはB細胞・T細胞・ナチュラルキラー(Natural killer, NK)細胞などがあります。

B細胞は抗体という飛び道具を使って細菌やウイルスを攻撃するもので、これを「液性免疫」といいます。IgEという抗体の一種が関与するアレルギー性疾患はこの液性免疫が過剰に反応する結果発生します。

一方、ウイルス感染細胞やガン細胞など自分の細胞に隠れている異常を発見して、Tリンパ球やNK細胞などが直接攻撃する免疫の仕組みを「細胞性免疫」といいます。細胞性免疫はがんに対する生体防御に重要な役割を果たしますが、調節が狂って正常な自分の細胞を攻撃すると慢性関節リュウマチなどの自己免疫疾患の発病に関連します。

液性免疫と細胞性免疫とは、互いに相反関係にあることが知られていました。つまり、シーソーのように、一方の働きが強くなるともう一方は抑制される関係です。このメカニズムは、2種類のヘルパーT細胞 (Th) のバランスにより説明されています。

ヘルパーT細胞は、B細胞やT細胞の増殖や働きを調節するタンパク質(サイトカイン)を分泌して、液性免疫と細胞性免疫のバランスを調節しており、そのサイトカインの産生パターンから、Th1(1型ヘルパーT)細胞Th2(2型ヘルパーT) 細胞に分類されます。Th1は細胞性免疫を促進し、Th2は液性免疫を促進します。

ヘルパーT前駆細胞(Th0)がTh1細胞に成熟(分化)するためにはマクロファージから分泌されるIL-12が必要であり、一方、Th2細胞となるためにはT細胞から分泌されるIL-4が必要とされています。

Th1細胞はインターフェロン・ガンマ(IFN-γ)や インターロイキン-2(IL-2)を分泌して細胞性免疫を増強し、Th2細胞はIL-4, IL-5, IL-6, IL-10を分泌してB細胞を活性化して液性免疫に関与します。Th1細胞が出すIFN-γはTh2細胞の働きを抑え、逆にTh2細胞が出すIL-10はTh1細胞を抑制します。この仕組みによりTh1とTh2がシーソーのように相互に制御されるのです(図)。

図。液性免疫と細胞性免疫(Th1細胞とTh2細胞の役割)
 ヘルパーT前駆細胞(Th0)は1型ヘルパーT細胞(Th1)と2型ヘルパーT細胞(Th2)に分かれ、Th1細胞は細胞性免疫に関与し、Th2細胞は液性免疫に関与する。Th1とTh2は一方が高まれば他方が低下する相反する関係にある。

2。Th1/Th2バランスの異常によって病気が発生する:

Th1とTh2のバランスの異常が、アレルギー性疾患や自己免疫疾患やがんなどの病気の発生に密接に関連していることが最近の研究で明らかになりました(図)。

アレルギー性炎症にはアレルゲン特異的Th2細胞が産生するIL-4,L-5が関与しています。IL-4はB細胞をIgE抗体産生細胞に変えるために必須であり、IL-5は好酸球の活性化および脱顆粒に重要なのです。アレルギー疾患、特にアトピー型の喘息、アレルギー性鼻炎はヘルパーT細胞がTh2型に片寄っていることによって引き起こされる疾患といえます。

一方、Th1細胞はがんに対する免疫に重要な役割を果たしています。しかし、そのバランス調節がうまくいかないと、正常の細胞を攻撃して自己免疫疾患を発病することになります。Th1細胞の働きが悪いと感染症に罹りやすくなったり、がんが発生しやすくなります。なにごともバランスが必要です(図)。漢方薬にはTh1/Th2細胞の調節メカニズムに働きかけてバランスを取ることによってこれらの疾患を治療できる薬が知られています。

図:Th1(細胞性免疫)とTh2(液性免疫)はシーソーのように相互に制御されており、そのバランスの崩れによって、アレルギー性疾患や自己免疫疾患・炎症性疾患・がん、など種々の病気が発生する。

3。Th1細胞の活性化によるがんの治療が試みられている:

生体防御の免疫系において、栄養不全・加齢・ストレスや慢性疾患などの要素が存在すると、T細胞はTh2タイプへの分化が亢進し、Th1タイプが抑制されることが知られています。このような生体防御のひずみによってTh1タイプのT細胞の機能が抑制されると感染症やガンに対する免疫力が低下することになります。

がんに対する免疫力を高めるためには、Th1型細胞を誘導することがポイントになります。IL-12などのサイトカインを使ってTh1細胞への分化(成熟)を促進する試みもあります。しかし、実際にヒトに用いた場合、副作用の問題で用量があげられず、不成功に終わっている報告が多いようです。

人参・黄耆・朮・茯苓・甘草などの補気・健脾薬は単球/マクロファージの活性化によりTh1優位の免疫応答反応を誘導し、感染防御や抗腫瘍に働く細胞性免疫を賦活化します。補気剤の補中益気湯の投与により、T細胞のTh1タイプへの機能分化を優位にするように作用することが報告されています。気血双補剤の人参養栄湯十全大補湯はさらに骨髄造血機能を回復させる効果も証明されています。このように補剤には生体防御のひずみを是正してT細胞の機能分化を調整し、特に栄養不全・加齢・ストレスや慢性疾患における細胞性免疫機能(Th1)の低下を改善する作用が期待できます。

手術などで抵抗力や免疫力が低下すると、健常人には感染しないような弱毒菌にも感染して重篤な状態に陥りやすくなります。これを日和見(ひよりみ)感染といいます。補中益気湯や十全大補湯などの補剤は細胞性免疫の働きを高めることにより日和見感染を含めて感染症全般に対する抵抗力を高める効果もあります。

4。補中益気湯はTh1細胞を活性化する:

科学的な多くの研究で、補中益気湯などの補剤にはマクロファージの活性化、リンパ球数の増加、NK細胞活性化などの免疫増強作用が報告されています。細菌やウイルスの感染症やがん細胞に対する免疫力を増強することも報告されています。このような作用は補中益気湯などの補剤がTh1細胞を活性化することで説明されています。

例えば一つの報告として、九州大学医学部免疫学教室の野本教授のグループの研究を紹介します。マウスに拘束ストレスを負荷すると、リンパ節や脾臓のリンパ球の数が減少し、Th1型のヘルパーT細胞活性が抑制されます。血中のIL-12 (Th1細胞への誘導に必要)は低下しています。このストレス負荷マウスにがんを植え付けるとがん細胞の増殖はコントロール群(ストレスを負荷していないマウス)より早くなります。Th1細胞による腫瘍免疫が低下しているからです。この実験系でマウスに補中益気湯と飲ませると、低下したIL-12のレベルが正常化し、Th1細胞の活性が上昇し、植え付けたがんの増殖が遅くなることが報告されています。マウスの実験ですが、ストレスによって低下したTh1細胞の活性を、補中益気湯が回復させることを示しています。

低下したTh1細胞の活性を上げるという補中益気湯の効果は、老化に伴う抗腫瘍免疫の低下を回復させることや、真菌や細菌に対する感染防御力を高めることなど、多くの実験結果からも支持されています。食物アレルギーやアトピー性皮膚炎、喘息などに補中益気湯が有効であることが報告されていますが、Th1細胞を活性化して、アレルギー反応を引き起こすTh2を抑制するというメカニズムで説明できます。サイトカインを使ってTh1細胞を誘導する方法には重篤な副作用の報告もありますので、漢方薬によるTh1細胞の誘導はより現実的な治療法と言えます。

5。漢方薬によるマクロファージ活性化作用:

マクロファージは、不必要になった細胞や体内に侵入してきた細菌や異物などを発見して、それらを自分の細胞内に取り込み、細胞内の強力な消化酵素で分解してしまう働きをもっています。これを貪食作用といっています。

ベータ-1,3-D-グルカン(以下、ベータグルカン)と言う多糖体成分がマクロファージを活性化することが知られています。多糖体というのはブドウ糖のような単糖がいくつも結びついた高分子物質のことで、その結び付きの違いで作用も異なってきます。ベータグルカンを多く含む食品としては茸類があります。まいたけやアガリクスなどの茸類が免疫力を高める食品(あるいは健康食品)として知られている理由はベータグルカンを多く含むからです。

ベータグルカンがマクロファージに結合すると、その活動(移動能、貪食能)が高まり、IFN-γやIL-1やIL-12などのサイトカインを分泌して、さらにNK細胞やT細胞などを活性化して生体防御に関与する免疫システム全体を活性化することになります。このように免疫システム全体を活性化することを「非特異的」な免疫力の増強といいます。>

ベータグルカンの分子量や構造がその活性に影響することが知られています。腸の粘膜には特殊なリンパ球が存在し、腸管壁での免疫応答(腸管免疫)が全身免疫に影響しています。高分子量のベータグルカンは消化管からは吸収しにくいので、腸管免疫を介した免疫増強作用の可能性も示唆されています。腸管からの吸収を促進するために分子量を小さくしたり、構造を改変したものなど種々のベータグルカン関連の物質が開発され、免疫増強作用を有する機能性食品として使われています。生薬からも免疫増強活性をもつ多種多様なベータグルカンが見つかっています。

このように茸やある種の生薬に含まれるベータグルカンには、細胞性免疫の力を高めることにより身体の中に侵入した細菌や異物を撃退したり、感染したとしても発病を抑制するパワーを我々に与えてくれる効果があるのですが、細胞性免疫の働きを高めると言うことは、がん細胞の増殖を抑えたり、アレルギーを抑える効果も期待できます。又、ベータグルカンなどの多糖体には、血糖値を下げたり、利尿効果、血圧調整作用、血中コレステロールや中性脂肪値を低下させる作用等も報告されており、多くの生活習慣病(成人病)の予防にも有益な効果を持っています。

6。漢方は免疫が高まる体の状況に仕上げる:

感染防御における免疫機構は複雑なネットワークを形成していて、多くの細胞がお互いを制御しながら相互依存的に働いています。どんなに複雑な機械でも、このような有機的なつながりをもって制御されているシステムはありません。

IFN-γやIL-12のような特定のサイトカインを投与することによって理論的で確実に免疫力や防御機構システムを活性化することは可能ですが、ある特定のサイトカインを投与することは、有機的な免疫システムを一方向に傾けてしまい、悪い作用が出てくることもあります。

複雑なネットワークで制御された免疫システムそのものを活性化する「免疫賦活(増強)剤」と呼ばれる薬があります。細菌感染が免疫システムを活性化することから、溶連菌から作ったピシバニールという薬や結核菌から作ったBCG丸山ワクチンが開発されてがんの免疫療法剤として用いられています。茸類の多糖類にも同様の免疫増強作用が発見され、カワラタケ由来のクレスチン、椎茸由来のレンチナン、スエヒロタケ由来のソニフィランもがんに対する免疫療法剤として臨床応用されています。世の中には、「ガンに有効」と宣伝された健康食品が多く売られていますが、その多くは体の免疫力を高めることを宣伝文句にしています。

このような免疫増強作用をもった薬剤や健康食品をいくら大量に使っても、栄養状態が悪かったり、組織の血液循環が悪くて新陳代謝が低下しているような体の状況では、免疫力は十分高まりません。エンジンが壊れたポンコツ車にいくらガソリンを入れても動かないのと同じです。これらを使って免疫力を高めるためには、まず消化吸収機能を高めて栄養状態を良好にし、全身の血液循環を良い状態に保持し、組織の新陳代謝や諸臓器の機能を高めるなど、体全体の機能がバランスよく良好な状態にあることが必要です。このような全身状態に対する配慮が少ない点が西洋医学の欠点の一つであり、免疫賦活剤の単独投与だけではなかなか効果が得られない理由となっています。

漢方薬には茸由来の生薬など免疫増強作用をもった生薬が豊富です。しかし、漢方の強みはそれらが効果的に働くような全身状態に仕上げるための作用と配慮がなされている点にあります。

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