緑茶のがん予防効果
【概略】
疫学や動物実験の多くの研究結果が、お茶のガン予防効果を示しています。習慣的に緑茶を飲用するとガンの再発や転移を抑える効果があることも報告されています。お茶の中でも特に緑茶がガン予防に最も効果的で、食後や休憩時に飲む飲料水として緑茶を選ぶ習慣がガンの発生予防や再発予防に大切です。
【緑茶を習慣的に飲んでいる人たちはガンが少ない】
茶を習慣的に飲んでいる人たちはガンが少ないことが知られています。例えば、緑茶の生産量が一番多い静岡県ではガン死亡率が低く、同じ静岡県内でも、お茶の産地では特に胃ガンの死亡率が低いことが報告されています。
埼玉県立がんセンターが埼玉県内の住民を対象に緑茶がガンの発生にどうかかわるかを調査した結果、緑茶を一日10杯以上飲む人は、飲まない人に比べて、ガン罹患率全体で1/2、肺ガンに関しては1/3にリスクが減少することが明らかとなっています。またガンに罹った人の診断時の年齢を比較すると、緑茶を一日10杯以上飲んでいるグループでは、飲んでいないグループに比較して5年以上ガン罹患時年齢が高いことがわかりました。つまり、緑茶飲用によりガン発生が5年以上遅延化することが示されています。
この他にも多くの疫学研究により、肺、大腸、肝臓、胃など多くの臓器のガンの発生を遅らせることが報告されています。しかし、一方、ガンの発生と緑茶摂取の間に関連を認めなかったという報告もあります(文献参照)。
【緑茶成分は動物の発ガン実験でガン発生を抑制する】
動物に発ガン物質を投与すると、発ガン物質の種類に応じて種々のガン(大腸ガン、胃ガン、皮膚ガン、など)を発生させることができます。このような動物発ガン実験を用いて、緑茶や緑茶抽出物(茶ポリフェノール)のガン予防効果が検討されています。多くの動物実験において、緑茶や茶ポリフェノール(エピガロカテキンガレート、など)が、発ガン物質の作用を打ち消したり(抗イニシエーション作用)、ガンの進行を遅らせる(抗プロモーター作用)効果があることが明らかになっています。
最近では、遺伝子を改変してガンを自然に発症するマウス(トランスジェニックマウス)を使った実験でも、緑茶や茶ポリフェノールがガンの進行を抑えることが報告されています。
例えば、マウス前立腺ガンを自然に発病するトランスジェニック・マウスを用いて、緑茶から抽出したポリフェノール成分のガン予防効果が検討されています。ヒトで1日にコップ6杯程度のお茶に相当するポリフェノールを口から摂取させる(経口投与)と、前立腺ガンの発症が抑制され生存期間を延ばすことができることが報告されています。茶ポリフェノールはガン細胞にアポトーシス(細胞死)を引き起こし、前立腺ガンの発生を遅らせるだけでなく、他の臓器への転移も著明に抑制しました。つまり、緑茶のポリフェノールには、このトランスジェニックマウスの前立腺ガンの実験モデルでガンの発生、進展、転移を抑制する効果が示されたのです。(文献参照)
その他、皮膚ガン、肺ガン、胃ガンなど多くの発ガン実験で緑茶のガン予防効果が報告されています。
【緑茶は抗酸化物質の宝庫】
活性酸素やフリーラジカルの害を弱めることはガンの発生や進展の予防につながります。緑茶にはカテキン類やビタミンCなど抗酸化作用やラジカル補捉作用を持つ成分を多く含んでいます。
カテキン類はポリフェノールという抗酸化剤の仲間であり、水溶性であることからビタミンCとならんで体液中での抗酸化作用に大きな役割を果たします。茶ポリフェノールは乾燥茶葉中に約15%含まれ、通常の喫茶一杯で100
mg摂取されるといわれています。したがって一日10杯以上のお茶は、一日1g以上の抗酸化性のポリフェノールを摂取していることになります。
最近はお茶の葉をそのまま食べる食葉の有効性も指摘されています。お茶の葉にはビタミンE,ベータカロチン,食物繊維など癌予防効果のあるものが多く含まれており、これらは熱湯で抽出できないため、単にお茶として飲むより、茶葉をまるごと食べるとそのガン予防効果はさらに上がることが指摘されています。したがって、茶の粉末を用いる抹茶は癌予防にさらに有効と考えられます。
多くの研究は緑茶のポリフェノールのエピガロカテキンガレートのガン予防効果が中心になっていますが、紅茶のポリフェノールのテアフラビン(theaflavins)にもガン予防効果が報告されています。研究によっては、緑茶より紅茶のほうがよりガン予防効果があるという結果もあり、またカフェインにもガン予防効果があるという報告もあります。
【緑茶抽出物より茶を飲む習慣が重要】
お茶からポリフェノールだけを抽出したものが、ガン予防の健康食品として売られています。アメリカでは緑茶抽出物のガン予防効果を検討する臨床試験が行われています。
たしかに、緑茶のガン予防効果の多くはエピガロカテキンガレートなどの茶ポリフェノールなのですが、お茶の成分のエピガロカテキンガレートのみを利用するより、お茶の葉全体を利用したほうが、その効果や経済性や安全性などの面から、より有用であるという指摘もあります。
また、豊富なガン予防成分という物質的な側面だけでなく、緑茶のかすかな苦味と微妙な芳香によって飲む人の気分をくつろがせ、リラクセーション効果を持つこともガン予防には関連しているかもしれません。つまり、喫茶が精神的なリラックスやゆとりを生活の中で作り出す手段の一つとして日常生活の中に習慣的に取り入れることも大切です。
お茶が日本に伝来したのは平安時代の初期、西暦800年ごろで、唐に留学していた僧侶たちが持ち帰ってきたのが最初といわれています。当時は嗜好品ではなく、薬として紹介され、広まっていったことが明らかになっています。鎌倉時代に著されたお茶の薬効書『喫茶養生記』には、茶は養生の仙薬(不老長寿の薬)であって、服用することによって寿命を延ばすことができるという薬効が記述されています。現代医学的手法によって緑茶のガン予防効果が近年証明されていますが、緑茶が健康によいことは、長い経験の中からかなり古い昔に既に見い出されていたことを忘れてはいけません。
もともと薬として伝来した茶が、喫茶という生活習慣の中で利用されるようになったのは、精神的リラックスにもよいことが経験的に分かったからではないでしょうか。したがって、お茶を飲んで一日何回かリラックスするという効果も、お茶のガン予防効果に寄与している可能性があります。服用を簡便にするため、緑茶抽出物を摂取するという短絡的な考えでは緑茶のガン予防効果の一部を利用しているだけかもしれません。
【お茶の飲みすぎは害もある】
全ての薬や健康食品に当てはまるものですが、体に良いと言われていても「過ぎたるは及ばざるが如し」で、取りすぎは体に悪いこともあります。
緑茶抽出物の副作用の検討では、一日緑茶30杯程度に相当する緑茶抽出物が許容量とする報告があります。茶ポリフェノールは飲み過ぎると胃腸に障害を引き起こす可能性があります。茶の飲みすぎによる副作用は「養生訓」の中にも記載されていて、既に経験的に知られていることです。
緑茶抽出物をガン予防剤として摂取するより、1日10杯程度のおいしい緑茶を心のゆとりをもって飲むことを生活習慣にすることがガン予防の基本と思います。
【過度に期待せず、何より生活習慣の改善が大切】
前述のように、緑茶のガン予防効果を裏付ける研究は多く、それを踏まえ、世界がん研究基金と米国がん研究機構は1997年の報告書で、お茶は胃ガンのリスクを低下させる可能性があると記載しています。
しかし、一方、この定説化した効用に疑問をはさむ研究結果も発表されています。東北大学が宮城県内の40歳以上の男女約26000人を1984年から9年間調査した結果では、胃ガンの危険性は、1日1杯未満の人を1とすると、1〜2杯で1.1倍、3〜4杯で1.0倍、5杯以上で1.2倍でした。つまり、お茶を何杯飲んでも胃ガンを予防する効果は期待できないという結論です。
埼玉県立がんセンターの研究では、1日10杯以上でないとガン発生率に差がでないので、東北大の調査では5杯以上がひとまとめになっているので、効果が見えないのではないかという反論もあります。ガンの発生には食事や生活環境など様々な要因が関与しています。調査の対象となった人も、住んでいる場所やお茶以外の食生活は大きく異なるはずです。したがって、一つの食品だけに絞った調査では、例えその食品にガン予防効果があってもその効果を証明することは困難なのです。
したがって、10杯以上でないとガン発生率に差が出ていないから、それ以下では効果が期待できない、というのではなく、緑茶は飲む量に比例してガン予防効果が現れると考えるべきです。他の食生活や生活習慣の改善を重視しながら、その項目の一つとしてお茶の効用も利用するという態度が大切です。
【文献的考察】
培養ガン細胞を用いた試験管内の実験では、緑茶のカテキンがガン細胞の増殖を抑制することが報告されており、動物発ガン実験でガンの発生を抑制する研究結果も多く報告されている。
Cancer prevention with green tea and monitoring by a new
biomarker, hnRNP B1. (Fujiki H, Suganuma M, Okabe S, Sueoka E, Sueoka N,
Fujimoto N, Goto Y, Matsuyama S, Imai K, Nakachi K.)Mutat Res
2001;480-481:299-304
緑茶のEGCGは、他のガン予防物質(sulindac
and tamoxifenなど)と併用することによって、それらの予防効果を増強することができる(相乗効果、相加効果による)。
Inhibition of prostate carcinogenesis in TRAMP mice by
oral infusion of green tea polyphenols.(Gupta S, Hastak K, Ahmad N, Lewin JS,
Mukhtar H.)Proc Natl Acad Sci U S A 2001 ;98(18):10350-5
マウス前立腺ガンを自然に発病するトランスジェニック・マウスを用いて、緑茶から抽出したポリフェノール成分のガン予防効果を検討。ヒトで1日にコップ6杯程度のお茶に相当するポリフェノールを投与すると、前立腺ガンの発症は抑制され生存期間を延ばすことができることを報告。ポリフェノール投与群はガン細胞にアポトーシス(細胞死)を引き起こし、前立腺ガンの原発巣の発生を遅らせるだけでなく、他の臓器への転移も著明に抑制した。つまり、緑茶のポリフェノールは、前立腺ガンの発生、進展、転移を抑制する効果があるといえる。
Regular consumption of green tea and the risk of breast
cancer recurrence: follow-up study from the Hospital-based Epidemiologic
Research Program at Aichi Cancer Center (HERPACC), Japan.(Inoue M, Tajima K,
Mizutani M, Iwata H, Iwase T, Miura S, Hirose K, Hamajima N, Tominaga S.)Cancer
Lett 2001;167(2):175-82
乳がん患者の手術後の再発と緑茶の摂取量との関係を、愛知ガンセンターで治療を受けた1160人の乳がん患者で検討した結果、stage
Iの早期のガンの場合には、1日に3杯以上の緑茶を飲んでいる人は、ガンの再発が統計的に明らかに抑えられた(43%に抑制)。 stage II
の場合も同様に緑茶の飲用によるガン再発予防の効果が示されたが、より進行したガンでは予防効果は認めなかった。比較的早期のガンの場合には緑茶の習慣的な飲用が再発の予防に効果があることが示唆された。
Green tea and the risk of gastric cancer in
Japan.(Tsubono Y, Nishino Y, Komatsu S, Hsieh CC, Kanemura S, Tsuji I, Nakatsuka
H, Fukao A, Satoh H, Hisamichi S.)N Engl J Med 2001;344(9):632-6
宮城県の40歳以上の26,311人の住民を対象に、1984年〜1992年までに胃癌になった 419
人と胃癌にならなかった人の緑茶摂取量を調査。緑茶摂取量と胃癌発生の間には相関関係は認められず、緑茶摂取が胃癌を予防するという因果関係は認めなかった。
|