抗がん力とは

私たちの体には、自分の体を守るための仕組みがたくさん備わっています。例えば、細菌やウイルスなどが感染しても、体は免疫の仕組みによってそれらの病原体を排除することができます。外界の温度が変動しても自律神経の働きによって体温を一定に保つことができます。切り傷や骨折も組織の再生力によって元の状態に回復します。このように、体を正常な状態に保全する仕組みの全てが自然治癒力なのです。

体の中でがん細胞が増殖しているときも、体の自然治癒力は黙って見過ごしているわけではありません。免疫力を中心とする生体防御機構の働きによって、がん細胞の増殖や転移を阻止しようと働いています。体力や抵抗力が十分ないと、手術や抗がん剤などの治療に耐えることができなくなります。このように、がんに対する免疫力や、攻撃的治療に耐えられる体力・抵抗力などを「抗がん力」と便宜的に呼ぶことができます。

がんの進行はがん細胞の問題だけでなく、体の抗がん力の強さにも左右されます。抗がん力は自然治癒力とほぼ同じものと考えることができます。

自然治癒力の3つの柱

体を健康な状態に維持するためには、
(1)体の機能のバランスや秩序を正常に保ち(恒常性維持)、
(2)病原菌などの外界からの異物の侵入に抵抗して体を守り(生体防御)、
(3)傷ついたり古くなった細胞を修復したり新しいものに交換する(修復・再生)仕組み、
を十分に働かせなければなりません。
本来体に備わったこのような体の仕組みが自然治癒力の柱となっています。

(1)常性維持機能とは体の外部環境の変化、あるいは体内の生理機能のバランスの乱れに対して、 身体の状態を常に一定に保とうとする働きです。

例えば、外気の温度が極端に変動しても、体は熱の放散と生成を調節することによって体温が著しく上がったり下がったりすることはありません。また、水を飲みすぎても、多量の汗をかいても、尿の量を調節するホルモンの作用によって、体内の水分量は常に一定に保たれます。運動によって酸素の消費量が増えれば、心臓の脈拍は早くなって血液循環を促進します。このような恒常性維持機能は、 主に自律神経や内分泌(ホルモン)の働きによって調節されています。

エアコンの温度調節の仕組みや、コンピューターを駆使した飛行機の自動操縦のように、機械でも外界の変化に対応してその働きを自動的にコントロールする高度な仕組みはあります。しかし、生体の恒常性維持機能はコンピュータ制御以上に高度なものであり、体の細胞や組織や臓器はそれぞれのレベルで恒常性を維持するように働き、さらに全身の諸々の機能もバランスをとるように相互に調節しあって体全体の恒常性を保っています。このバランスを保つことができる幅、すなわち回復力(復元力)の幅は個人差があります。これが病気になりやすい人、なりにくい人の違いの理由の一つです。

(2)生体防御機能とは外界からの病源菌や異物の侵入や、体内での異常細胞(がん細胞)の発生を防いで体を保全する抵抗力です。

病原菌が鼻や口から体に侵入しようとしても、鼻や気道の粘膜には細菌を溶かす酵素(リゾチーム)やIgAという免疫グロブリンなどが粘液中にあって、細菌やウイルスの侵入を防いでくれます。体の中の体液や血液中には、ウイルスの増殖を抑制するインターフェロンや、細菌に穴をあけて殺す補体といわれる蛋白質などの防御物質が多数存在し、さらに好中球やマクロファージは異物を取り込んで消化して処理します。ナチュラル・キラー細胞(NK細胞)は腫瘍細胞やウイルス感染細胞を認識してそのような異常細胞を殺したりインターフェロンなどの物質を放出します。好中球・マクロファージ・NK細胞は病原体の種類に関係なく異物であればすぐに攻撃して排除するので、初期段階の生体防御の中心となっています。

これらの初期防御システムで足りない時は、さらにリンパ球による特異的な免疫応答が始まります。「特異的」という言葉は、病原体や異物の種類に応じて、そのものだけに反応するということであり、異物に対してのみ選択的に攻撃を仕掛けて排除する仕組みが免疫です。特異免疫は大きく分けて「液性免疫」と「細胞性免疫」に分けられます。液性免疫とは、Bリンパ球から産生される抗体が細菌やウイルスを攻撃するものです。細胞性免疫は、ウイルス感染細胞やがん細胞など、自分の細胞に隠れている異常を発見して、これらの異常細胞をTリンパ球などが直接攻撃するものです。

異物とは外部から侵入してきた細菌やウイルスなどの病原菌のみならず、体内に生じたがん細胞も含まれます。従って、免疫力が低下するとがんが発生しやすくなり、いろんな感染症にかかりやすくなります。人間の免疫力は18〜22才くらいをピークにして年令とともに衰え、がん年令の始まりといわれる40才台の免疫力はピーク時の半分まで下がり、その後も加齢とともに下降するといわれています。老化や栄養不全やストレスなどにより免疫力は著明に低下します。

かぜウイルスが体の中に入ってきても、健康で治癒力が十分働いておれば、初期防御の段階でブロックされてほとんど症状も出ずに治ってしまいます。しかし、栄養状態が悪いと粘液や体液や血液中の防御物質は不足していて十分に防御できません。さらに老化やストレスなどによって免疫細胞の働きも低下しているとかぜをこじらせてしまいます。免疫力が低下するとがん細胞の発生や増殖を促進することも同じような理由です。

機械でもサビやカビを防ぐような物質を使えばこれらを防ぐことができます。しかし、機械の場合は外から与えなければなりません。生体では、防御物質を自分で作り出せるということと、攻撃してくる相手に応じて臨機応変に防御できる点で優れたシステムを完成させています。

(3)修復・再生能力とは傷ついたり古くなった細胞を修復したり新しいものに交換する仕組みです。

 ねじが緩んでもベルトが擦り切れても、機械は自分勝手にねじを締め直したり新品のベルトに替えることはできません。しかし生命体は、ねじの締まり具合を自分で調節でき、擦り切れたベルトを新品の部品に替えて、常にもとの状態に戻す力が備わっています。

全ての細胞はその核の中にある遺伝子の情報によって秩序だった働きをしています。遺伝子を構成するDNAは、太陽からの紫外線や酸素呼吸によって体の中で発生する活性酸素などによって絶えずキズがついています。DNAにキズがついて遺伝子の働きに異常が発生すると、細胞の働きに異常が発生し、がん細胞になる原因となります。しかし、全ての細胞の核の中にはDNAのキズを直ぐに見つけて修復する仕組み(DNA修復酵素など)が備わっていますので、がんの発生を防いでくれます。皮膚に切りキズを受けても、皮膚の細胞が増殖してきてキズをふさいでくれます。胃潰瘍にかかって胃の粘膜にキズができても、粘膜細胞が増殖して治してくれます。ウイルス性肝炎にかかって肝臓の細胞の一部が死んでも、残った細胞が分裂してもとの肝臓の状態に戻してくれます。生き残った細胞が分裂して死んだ細胞や欠損した組織を補う仕組みを「再生」といいます。

このように、体のキズを治す力(創傷治癒力)、細胞の働きの大本である遺伝子の異常を絶えず監視しているDNA修復システム、組織の欠損を補う再生能力が全ての細胞・組織・臓器に備わっており、この自己修復・再生システムの働きによって、体の構成成分を一定にしかも正常な状態に保全することが可能になります。

自然治癒力を高める3つの条件:栄養・循環・新陳代謝

体をつくるのは食物から取られる「栄養素」であり、自然治癒力の元も栄養素です。したがって、食物を消化吸収する胃腸の働き、吸収した栄養を体の隅々まで行き渡らせるための血液循環、細胞や組織の新陳代謝を高めることが自然治癒力を高める必要条件になります。

栄養が十分に行き渡り、新陳代謝が活性化すると、細胞や組織の修復や再生能力は維持され、自律神経やホルモンが正常に働いて体全体の調和が保たれ、免疫力などの体の抵抗力が十分働くことができるのです。消化吸収・血液循環・新陳代謝のどれか一つでも異常があると体の治癒力は十分に働きません。

生命力を高めるということは体全体の働きを調和させることが必要ですから、胃や腸や肝臓と臓器を別々に細かく分ける要素還元主義や形態にこだわる唯物論ではうまくいきません。漢方では体を構成する成分として気・血・水の3要素に観念的に分けて、その相互の関係から自然治癒力を高める理論体系を確立しているから、西洋医学では得られない効果も期待できるのです。

図:気(体を動かすエネルギー)は諸々の生体機能を働かせて栄養・循環・新陳代謝を促進し、体を構成する要素(血・水)を作り、生体防御機能や恒常性維持機能や組織の修復・再生を高めて自然治癒力を生み出す。

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