青みの魚のDHAはガン細胞をおとなしくする

脂肪酸はその種類によってガン細胞に対する影響が異なり、ω−6系不飽和脂肪酸はガン細胞の増殖を促進し、エイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)などのω−3系不飽和脂肪酸はガン細胞の増殖を抑制する効果があります。ω3 系不飽和脂肪酸は、いわし、あじ、さば、などの「青みの魚」の脂肪に多く含まれます。青みの魚を取る目的はω−6系脂肪酸に対するω−3系脂肪酸の量を多くして、体の中のガン細胞をおとなしくさせることにあります。

【不飽和脂肪酸にはω3 系とω6 系の2種類がある】

脂肪酸は、1 個ないし複数個の炭化水素 (CH2) の連結した鎖 (炭化水素鎖)からなり、その鎖の両末端はメチル基 (CH3) とカルボキシル基 (COOH)で、基本的な化学構造は CH3CH2CH2・・・CH2COOHと現されます。

脂肪酸には、飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸があり、飽和脂肪酸では、炭化水素鎖の全ての炭素が水素で飽和しています。 一方、不飽和脂肪酸では、炭化水素鎖中に 1 個ないし数個の二重結合 (CH=CH) が含まれます。 不飽和脂肪酸中で、二重結合の数が 2 個以上のものを多価不飽和脂肪酸と云い、通常、5 個以上の二重結合を持つ脂肪酸 (EPAやDHAなど) を高度不飽和脂肪酸と呼びます。

リノール酸 CH3(CH2)3 CH2CH=CHCH2CH=CH (CH2)7COOH では、CH3 に最も近い二重結合は、CH3 から 6 番目 のC にあります。 この位置に二重結合を持つ全ての脂肪酸を ω6 系不飽和脂肪酸に分類します。
 

α-リノレン酸  CH3CH2C H=CHCH2CH=CHCH2CH=CH(CH2)7COOH では、CH3 に最も近い二重結合はCH3から 3 番目 のC にあります。 この位置に二重結合を持つ全ての脂肪酸を ω3 系不飽和脂肪酸に分類します。 最近、ω6 の代わりに n-6 を用いて、n-6 系不飽和脂肪酸、そして ω3 の代わりに n-3 を用いて、n-3 系不飽和脂肪酸と呼ぶことが多くなっています。

動物 (人を含む) は、多くの不飽和脂肪酸中で、リノール酸とα-リノレン酸を合成できません。 これら 2 種の不飽和脂肪酸は動物にとって不可欠であり、動物はこれらを食物として摂取する必要がありますのでこれらを必須脂肪酸と云います。

ω6 系不飽和脂肪酸はリノール酸 → γ-リノレン酸 → アラキドン酸 のように代謝されていき、アラキドン酸からプロスタグランジン、ロイコトリエン、トロンボキサンなどの重要な生理活性物質が合成されます。プロスタグランジンなどのアラキドン酸代謝産物は炎症や細胞のガン化を促進したり、ガン細胞の増殖を速める作用があるのですが、体のいろんな生理作用に必要ですから、動物は、食物 (植物および肉類) としてリノール酸を摂取しなければ生存できません。
 ω3 系不飽和脂肪酸はα-リノレン酸 → エイコサペンタエン酸 (EPA)  → ドコサヘキサエン酸 (DHA) と代謝されていきます。ω3 系不飽和脂肪酸は炎症やアレルギーを抑え、血栓の形成や動脈硬化やガン細胞の発育を抑える作用があります。したがって、食物中のα-リノレン酸/リノール酸の比を上げると、血栓性疾患、脳梗塞および心筋梗塞、炎症、アレルギー、発癌、癌の転移、高血圧などの発症率が低下するという報告があります。

【ω−3系不飽和脂肪酸/ω−6系不飽和脂肪酸の比を上げるとガン細胞はおとなしくなる】

プロスタグランジンE2(PGE2)という生理活性物質が増えすぎるとガン化しやすく進行も速まるということがわかっています。PGE2は細胞の増殖や運動を活発にしたり、細胞死が起こりにくくする生理作用があるため、ガン細胞の増殖や転移を促進します。PGE2はω6 系不飽和脂肪酸はリノール酸から合成され、DHAなどのω3 系不飽和脂肪酸はPGE2が体内で増えるのを抑える働きがあります。

DHAがガンの予防や治療の効果を高めることは、多くの臨床的研究や実験的研究で 明らかになっています。DHAがガン細胞の増殖速度を遅くしたり転移を抑制し、ガン細胞に細胞死(アポトーシス)を引き起こすことなどが多くのガン細胞で示されています。毎日魚を食べている人は、そうでない人に比べ大腸ガンや乳ガンなど欧米型のガンになりにくいという研究結果もあります。また、抗ガン剤との併用による副作用軽減や相乗効果を期待できることも示唆されています。

【DHAは青い魚に含まれている】

DHAは、いわし、あじ、さば、さけ、にしん、などの「青みの魚」の脂肪に多く含まれます。

再発予防には1日に1から3グラムが適量です。1グラム取るのにイワシなら二匹、サンマなら一匹で十分で、毎日魚を食べる習慣にしておけば必要量は摂取できます。

ただし、不飽和脂肪酸は酸化されやすいので、新鮮な魚を生か煮て食べるのが理想です。フライや焼き魚にすると、含まれる不飽和脂肪酸、特に EPA や DHA などの高度不飽和脂肪酸は O2 と反応し、無視できない量の過酸化脂質を増やして発ガンを促進することになります。長期保存中や約 150℃ 以上の温度で調理中に生じる量の過酸化脂肪酸は強力なアレルギ促進、発癌などの作用を示します。 しかし、高度不飽和脂肪酸を含む食物を煮炊きしても、過酸化脂質は非常に僅かにしか生じません。

魚が苦手な人は健康食品を利用するのも一つの方法です。DHAを補給するための健康食品(「DHA含有精製魚油加工食品」という名称が一般的)が市販されています。通信販売の商品の中には価格を抑えたものもあります。高価格商品が必ずしも合有量が多いとはいえません。

値段の上では魚で取る方がかなり安上がりなのは間違いありません。

【DHAは再発予防以外にも健康増進にもいろいろな効果がある】

ガン予防効果以外にも、DHAには健康増進に関連する多くの効果があります。血液中のコレステロールや中性脂肪を抑えたり、血圧を下げる作用があり、常にDHAを摂取していれば脳卒中や心筋梗塞などの血管が詰まって起きる病気は防ぐことが出来ます。アレルギーにも効果があります。さらに、脳の機能を高める作用から「DHAを取ると頭が良くなる」ともてはやされています。イギリスの栄養学者、マイケル・クロフォードが「日本の子供たちが頭がいいのは魚を常食しているからだ」と述べて魚油に含まれるDHA(ドコサヘキサエン酸)の生理作用が一躍脚光を浴びました。

グリーンランドのイヌイット人は魚を常食するため、血栓症などの血管障害が起こりにくいという疫学調査が発表されています。週に少なくとも1回魚を食べている者は心臓発作などによる突然死が半分に低下しているという調査もあります。

【注意点】

DHAやEPAは過剰に摂取すると、血液が固まる力を弱めるので出血しやすくなる場合があります。また、高度不飽和脂肪酸は長期保存や加熱処理により酸化しやすく、劣化すると過酸化脂質となりガン細胞の発育を促進することにもなります。青みの魚は EPA と DHA を多く含みますが、同時に、多くのコレステロールを含み、そのコレステロール含量は牛肉や豚肉 に匹敵しています。 つまり、多くとれば良いというわけではなく、1日にDHAで1グラム程度、魚で2尾程度がガンの再発予防に適量と考えられます。

【文献的考察】

○DHAはガン細胞にアポトーシス(細胞死)を誘導する。

Docosahexaenoic acid induces apoptosis in Jurkat cells by a protein phosphatase-mediated process.(Siddiqui RA, Jenski LJ, Neff K, Harvey K, Kovacs RJ, Stillwell W.) Biochim Biophys Acta 2001 Jan 15;1499(3):265-75
DHAは白血病細胞のJurkat細胞にプログラム細胞死であるアポトーシスを誘導する。

Docosahexaenoic acid is a potent inducer of apoptosis in HT-29 colon cancer cells.(Chen ZY, Istfan NW.)Prostaglandins Leukot Essent Fatty Acids 2000 Nov;63(5):301-8
DHAは大腸ガン細胞HT-29にアポトーシスを誘導する。そのメカニズムとして、抗アポトーシス蛋白のbcl-2の発現を減少させる作用が示唆された。

○DHAは増殖に関連する細胞内シグナル伝達系を抑制して抗プロモーター活性を示す。

Omega 3 but not omega 6 fatty acids inhibit AP-1 activity and cell transformation in JB6 cells.(Liu G, Bibus DM, Bode AM, Ma WY, Holman RT, Dong Z.)
Proc Natl Acad Sci U S A 2001 Jun 19;98(13):7510-5
DHAやEPAのようなω3系脂肪酸は皮膚ガンの発生を抑制し、アラキドン酸のようなω6系脂肪酸は皮膚ガンの発生を促進することが知られている。AP1というのは遺伝子の発現を調節する転写因子の一種で、AP-1の活性化は細胞のガン化を促進する方向で働く。マウスの表皮細胞株JB6細胞を腫瘍プロモーターであるTPAや表皮増殖因子(EGF)で処理すると、AP-1が活性化されてJB6細胞はガン化する。この過程をDHAやEPAは抑制した(抑制効果はDHAの方が強い)が、アラキドン酸は、DHAの抑制作用を消失させた。この結果は、ω3系脂肪酸とω6系脂肪酸の比が腫瘍の発育に影響することを示唆している。

n-6 and n-3 polyunsaturated fatty acids differentially modulate oncogenic Ras activation in colonocytes.(Collett ED, Davidson LA, Fan YY, Lupton JR, Chapkin RS.)
Am J Physiol Cell Physiol 2001 May;280(5):C1066-75
Ras 蛋白は細胞の増殖や分化や細胞死などの制御に重要な役割を果たしており、その制御の異常は細胞のガン化と密接に関連している。n-3多価不飽和脂肪酸のDHAは、n-6多価不飽和脂肪酸と比べてRasの細胞膜への局在を減らす作用があり、これが大腸粘膜細胞の発ガン抑制と関連している可能性がある。

Cell cycle arrest and apoptosis of melanoma cells by docosahexaenoic acid: association with decreased pRb phosphorylation.(Albino AP, Juan G, Traganos F, Reinhart L, Connolly J, Rose DP, Darzynkiewicz Z.)Cancer Res 2000 Aug 1;60(15):4139-45
悪性黒色腫(メラノーマ)の増殖に対して、ω6系脂肪酸は促進作用を示し、ω3系脂肪酸は抑制的に作用して転移を防止する。DHAはガン抑制遺伝子産物であるRb蛋白のリン酸化を抑制して細胞の増殖を止めてアポトーシスを引き起こす。

○DHAのガン予防効果は疫学的に示されている。

Prostate cancer risk and consumption of fish oils: a dietary biomarker-based case-control study.(Norrish AE, Skeaff CM, Arribas GL, Sharpe SJ, Jackson RT.)Br J Cancer 1999 Dec;81(7):1238-42317
症例の前立腺ガンの患者と480人の対照とを比較したニュージーランドのオークランドにおける1996-1997年の検討において、n-3(ω-3)多価不飽和脂肪酸を多く摂取することは前立腺ガンのリスクをへらすことが示された。

○DHAには腫瘍血管新生阻害作用がある。

Antiangiogenicity of docosahexaenoic acid and its role in the suppression of breast cancer cell growth in nude mice.(Rose DP, Connolly JM.)Int J Oncol 1999 Nov;15(5):1011-5
ヌードマウスに移植したヒト乳ガン細胞の増殖をDHAは抑制した。腫瘍血管の新生を阻害する作用を認めたが、そのメカニズムとして、血管新生を促進するプロスタグランジンE2の産生を阻害する作用などが示唆された。

○DHAは転移を抑制する。

Effect of omega-3 fatty acids on the progression of metastases after the surgical excision of human breast cancer cell solid tumors growing in nude mice.(Rose DP, Connolly JM, Coleman M.)Clin Cancer Res 1996 Oct;2(10):1751-6
ヌードマウスに移植したヒト乳ガン細胞の肺転移をDHAとEPAは抑制した。

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