第2章:食生活を変えてがん再発を予防する方法:野菜・果物・大豆・魚
5.ショウガはプロスタグランジンE2の合成を阻害してがん細胞の増殖を抑制する
【概要】
【シクロオキシゲナーゼ阻害剤はがん予防効果がある】
【ショウガの成分がシクロオキシゲナーゼを阻害する】
【ショウガは医食同源の代表格】
【メモ:シクロオキシゲナーゼ-2阻害剤のがん予防効果】
【概要】
ショウガは、古来食用および薬用として非常に馴染み深いもので、消化器系に対する強壮効果があり、多くの中国料理に新鮮なショウガが使用されています。生薬名はショウキョウといい、漢方薬の構成生薬としても高頻度に使用されています。ショウガの成分のジンゲロールやショウガオールは、プロスタグランジンの合成を阻害して炎症を抑え、がん細胞の増殖を抑制する作用(抗プロモーター作用)を持っています。さらに、フリーラジカル消去作用があって、発がん物質が引き起こす遺伝子の突然変異を抑制する作用(抗変異原性)も持っており、がんの進展や再発の予防に効果が期待できます。
【シクロオキシゲナーゼ阻害剤はがん予防効果がある】
マクロファージや好中球は、細菌や真菌など外界からくる病原体を攻撃したり、ウイルスに感染した異常細胞やがん細胞を除去することにより体を守る働きをしています。このとき、マクロファージや好中球は、活性酸素や一酸化窒素などのフリーラジカルを産生し、さらにプロスタグランジンなどの化学物質を放出して、腫れや充血や痛みなどの炎症反応を引き起こします。この炎症反応自体は外敵から体を守る生体防御における生理的な応答ですが、炎症が長引いて長期間持続すると、フリーラジカルやプロスタグランジンなどの炎症産物が発がんを促進する方向に働くことになります。
シクロオキシゲナーゼ(cyclooxygenase,COX)はアラキドン酸からプロスタグランジンを産生するときに最初に働く酵素です。COXには、多くの組織において恒常的に発現しているCOX-1と、炎症性刺激や増殖因子によりマクロファージなどの炎症細胞や消化管粘膜上皮細胞において合成されるCOX-2の2つの種類が知られています(図13)。
図13:COX-1とCOX-2:
シクロオキシゲナーゼ(cyclooxygenase, COX)はアラキドン酸からプロスタグランジンを合成 するときに最初に働く酵素で、COX-1とCOX-2の2種類がある。COX-1から合成されるプロスタグランジンは生体の生理機能に必要なものであるが、炎症性の刺激でCOX-2から合成される大量のプロスタグランジンはがんの発育や転移を促進する。
プロスタグランジンには多くの種類がありますが、COX-1によって産生されるプロスタグランジンは消化管や腎臓や血小板など多くの臓器や細胞の生理機能において重要な役割を果たしています。一方COX-2は、炎症や発がん過程で合成が刺激され、大量のプロスタグランジンを産生して、がんの発育を促進する働きをします。炎症で増えてくるCOX-2の働きを抑えてやるとがんを予防する効果があることが報告されています。
アスピリンなどの非ステロイド性抗炎症剤(Non-Steroidal Anti-Inflammatory Drugs, 略してNSAID)といわれる薬は、シクロオキシゲナーゼを阻害してプロスタグランジンE2の産生を抑えることによって鎮痛効果や解熱効果を発揮し、いろんな炎症性疾患の治療に使われています。1990年代の初めころ、鎮痛剤として日常的にアスピリンを服用している人には、大腸がんの発生頻度が低いことが、幾つかの疫学的研究の結果明らかになりました。
米国ジョージア州アトランタのアメリカがん協会(American Cancer Society)の疫学部門のヒース博士らは、約66万人の成人を1982年から1988年まで追跡調査し、アスピリンの服用と大腸がんによる死亡の関係を検討しました。その結果、一ヶ月に16回以上のアスピリン服用を1年以上続けている人たちは、アスピリンを服用していない人に比べて大腸がんになるリスクは約60%に減少することを明らかにしました。その他の疫学的研究でも、NSAIDを常用している人は大腸がんや胃がんが少ないことが明らかになっています。
さらに、動物の発がん実験を用いた研究でNSAIDが大腸がんの発生を予防したり、がん細胞の転移や再発を抑える効果があること、がん細胞にアポトーシス(細胞死)を引き起こす作用があることなどが明らかになっています。
これまでのNSAIDはCOX-1もCOX-2も両方とも阻害するため、生理的な作用をするために必要なプロスタグランジンの産生も抑制し、消化管粘膜の障害や腎臓障害などの副作用が問題となっていました。しかし最近は、炎症や発がん過程において誘導されてくるCOX-2のみを選択的に阻害する薬も出現してきて、がんの化学予防剤として注目されています。【ショウガの成分がシクロオキシゲナーゼを阻害する】
生姜に含まれるジンゲロールやショウガオールという物質は、アラキドン酸を代謝してプロスタグランジン、トロンボキサン、ロイコトリエンなどを合成するシクロキシゲナーゼやリポキシゲナーゼという酵素を阻害する働きを持っています。その抗炎症作用はインドメタシンのようなNSAIDに匹敵するといわれています。
このような抗炎症作用は、がん細胞の増殖を抑える抗プロモーター活性になります。動物の発がん実験やがんを移植した実験において、ショウガのジンゲロールなどの成分はがんの増殖や転移を抑えることが多く報告されています。
【ショウガは医食同源の代表格】
ショウガは漢方ではショウキョウといって、体を温め胃腸の働きを調整し、他の生薬の刺激を和らげて服用しやすくするなどの働きがあれていますり、漢方薬では多くの処方に組み込まれています。
民間薬として、風邪をひくと葛湯(クズ湯)に生姜汁が利用されています。料理においては、ニンニクと共に中華料理の風味の基本であり、魚の煮つけの味付け、すり下ろして冷や奴やカツオの刺身に添えたり、寿司屋では甘酢でたべる通称ガリ、牛丼や焼きそばなどに添える梅酢漬けの“紅生姜”など広範な用途に生姜の香味が生かされています。その他多くの飲料や菓子類の香味づけに用いられています。
このように、料理や漢方薬に欠かせないショウガは医食同源の代表格であり、日頃から食材として食べておくことは、健康増進や病気の予防に効果があり、その薬効の点からがんの再発予防にも効果があると言えます。【メモ:シクロオキシゲナーゼ-2阻害剤のがん予防効果】
目次へ戻る ホームへ戻る 2章-6へがん組織においては、TNF-アルファなどの炎症性サイトカインや、活性酸素や一酸化窒素などのフリーラジカルによって転写因子のNF-kBが活性化され、その結果シクロオキシゲナーゼ-2 (COX-2)の発現量が増えます。COX-2により産生されるプロスタグランジンE2は、がん細胞の増殖を促進するだけでなく、がん細胞を攻撃する免疫細胞の働きを抑えたり、がん細胞に栄養を供給する腫瘍血管の新生を誘導することによって、がん組織の成長促進に関与していることが指摘されています。がん細胞におけるCOX-2の発現は転移や抗癌剤抵抗性と関連していることも報告されています(図14)。
ヒトの大腸がん、乳がん、前立腺がん、肺がん、膵臓がんなど多くのがん組織において、COX-2が多く発現していることが報告されています。一方、COX-1はがん組織のみならず、正常な組織にも広く存在していて生理機能に重要な役割を果たしているので、その阻害は多くの副作用を引き起こします。したがって、COX-2を選択的に阻害することは正常組織への副作用がなく、がん細胞の増殖を抑えることが期待されています。
実際に、COX-2の選択的阻害剤であるCelecoxib(商品名セレブレックス)などが、多くの癌の発生に対して予防効果があることが報告されており、再発予防の目的でも有効であることを示唆する臨床試験の結果が報告されています。
図14:がん組織の中で、がん細胞や炎症細胞などがCOX-2を多く発現している。COX-2によって産生されるプロスタグランジンE2は、血管新生やがん細胞の増殖を促進し、がん細胞を攻撃する免疫細胞の働きを弱めることが知られている。したがって、COX-2活性を阻害するとがんの転移や再発を予防する効果が期待できる。