悪液質の改善による延命の方法

【悪液質とは】

悪液質(cachexia, カヘキシー)とは、慢性疾患の経過中に起こる主として栄養失調に基づく病的な全身の衰弱状態で、全身衰弱、羸痩(るいそう)、眼瞼や下腿の浮腫、貧血による皮膚蒼白などの症状を呈します。

進行がんによる悪液質の場合、がんは宿主を無視して増殖するため体に必要な栄養素を奪い取り、これに加えてがん細胞の増殖や転移による各種臓器の破壊や機械的圧迫などが生じたり、がん組織から特殊な毒作用を有する物質(トキソホルモン)が遊離して生体に悪影響を及ぼす等により宿主を死に至らしめます。この過程における全身の不良な状態をがん性悪液質と言います。

【栄養障害はがん治療の効果を妨げ、転移や再発を促進する要因となる】

がん患者さんは高率に栄養障害をともないます。その要因としては、消化管機能の低下、栄養需要の高まりなどが関与しています。

手術や抗がん剤治療などの侵襲に耐えるのに十分な蓄え(栄養素やエネルギーの貯蔵)が減少すると、合併症のリスクが増大します。そのため手術後やがんが進行して食事がとれなくなったときには、点滴によって栄養素やエネルギーを補います。高カロリー輸液を行えば、体に必要な最低限の栄養素やエネルギーを補給することは可能で、手術の前後に高カロリー輸液を行うと、合併症の発生や死亡率が減少したという報告もあります。

口から食事をとることが可能であれば、栄養素を消化吸収しやすいように調製した経腸栄養剤を利用する方が、点滴より効果があるようです。腸を刺激し、腸粘膜から栄養素を吸収するということは、単に栄養素を取り入れるということ以上に、体の機能を活性化したり免疫力を高める上で効果があるようです。

【栄養障害や悪液質を改善すると延命効果がある】

がん治療においては、栄養障害と悪液質に積極的に対応する必要があります。悪液質患者では合併症のリスクが高く、化学療法に対する反応が悪く、生活の質が低下し、生存期間が短くなることが明らかとなっています。栄養不良に陥った非小細胞肺がん患者では、体重減少度に比例して、生存期間が短くなることが報告されています。また、診断前に 5% 以上の体重減少があれば、治療に対する反応が不良であることを予測させます。

悪液質になると、食欲不振や倦怠感などの症状が現れ、治癒力や抵抗力が低下してQOL(Quality od Life, 生活の質)を悪くする原因となります。抵抗力が低下すると、日和見感染などの感染症が発生してますます体力がなくなり死亡の原因となります。日和見感染とは、加齢などによる免疫力や抵抗力の低下によって、普通なら感染しないような弱毒菌によって発症する感染症です。

栄養不全などが重なると生体防御力はますます低下していきます。がんの末期も死期を決める最大の要因は生体防御力や抵抗力のレベルにかかっています。したがって、悪液質を良くすることができれば、QOLや抵抗力を高めて延命することができます。

【悪液質を改善する方法】

悪液質は、十分な蛋白質とカロリー投与によっても改善させることができない点が、単純な飢餓とは異なります。飢餓では、体重減少は貯蔵脂肪の涸渇と相関していますが、悪液質では骨格筋と体脂肪の両方が失われます。

悪液質の発症には、トキソホルモン腫瘍壊死因子アルファ(TNF-α)などの因子が関与しており、これらの作用を制御することが悪液質の改善には必要となります。

「トキソホルモン」というのはがん細胞が出す一種の毒素で、「トキソ」とは「毒」という意味であり、トキソホルモンとは毒ホルモンといえます。愛媛大学生化学教室の奥田教授らは、がん患者の食欲不振や体重減少に関与している物質としてトキソホルモンの一種であるトキソホルモン-Lを発見しています。トキソホルモン-Lはがん細胞から分泌される分子量約7万の蛋白質で、脂肪細胞における脂肪分解を促進したり、食欲不振を引き起こします。つまりがん患者を痩せさせるがん毒素といえます。脂肪分解や食欲不振を引き起こすトキソホルモンの作用を阻害する作用が高麗人参紅参にみつかっています。奥田らの検討により、薬用人参に含まれるサポニンの一種であるジンセノサイドRb2がトキソホルモン-Lの作用を強く阻害することがわかりました。さらに薬用人参の酸性多糖体がトキソホルモン-Lによる脂肪分解や食欲不振を引き起こす作用を阻害することも報告されています。このように、がん患者における痩せや食欲低下に対して薬用人参が有効である理由が科学的にも証明されています。

補中益気湯十全大補湯という漢方薬には、進行がん患者の免疫力を高めることによって、食欲不振や全身倦怠感を改善する効果が認められています。抗炎症作用のある生薬には、炎症反応を抑えたりがん細胞の増殖を抑制することによって悪液質を改善する作用が報告されています。血液循環や新陳代謝や解毒機能を良くする漢方薬は悪液質の改善に有効です。

漢方薬にはフラボノイドなど抗酸化物質が豊富ですが、これにビタミンC, E、ベータカロチン、セレニウムなどの抗酸化剤を併用すると悪液質改善作用が強化できます。抗TNF-α作用をもつサリドマイドや抗蛋白異化作用のあるメラトニンも、悪液質の改善に効果があります。

以上の方法を組み合わせることにより、栄養障害や悪液質を改善し、延命や生活の質の向上が期待できます。

【漢方は最後まで生命力の可能性をあきらめない】

がんが進行して「末期がん」といわれる状態になると、がん細胞に対する直接的な治療は積極的に行わず、痛みの軽減や栄養状態の改善だけを目標とした治療を中心に行います。これを保存的治療とか緩和治療と言いますが、言い方を代えれば「匙を投げられた」ことです。匙をなげられた患者さんの本当の苦しみは希望がないことです。何も希望がない、方法がないという絶望感や不安感は免疫力を低下させるだけでなく、生きる力も失わせて死期を早めます。

西洋医学で匙を投げられても、漢方治療で可能性に挑戦してみませんか、といってあげることは非常に意味があります。末期がんの場合、精神的なケアーにおいて、患者さんに希望をもってもらうことは非常に重要なことです。末期医療を行うホスピスでも、患者が希望する民間療法や代替医療を利用することは妨げないことが基本になっています。

ひょっとしたら自分にはこれが効くかもしれない、自分には奇跡的に効くかもしれないという期待感と生きる希望を持つことができるだけでも、末期がん患者の精神面でのQOLの改善に役立ちます。抗がん漢方には、経験的な治療効果の蓄積が背景にあるからこそ、患者さんに期待感と生きる希望を与えることができるのです。

漢方治療でがんが良くなることは少ないかもしれませんが、可能性はゼロではありません。進行したがんでも自然に退縮(小さくなること)する場合があります。生命力の潜在能力や自然治癒力の可能性を引き出せば、がんの進行を止めてがんと共存したり延命することも可能です。例え、がんの増殖を抑えることができなくても、一時的にも食欲が出たり、倦怠感が軽快して、生きる希望をもつことができるだけでも意味はあります。漢方治療により食欲が出て体も楽になると、身辺の整理をする余裕もでてきます。

末期がんの治療においては、結果のみならずその過程が非常に大事です。最後まで人間らしく、回りの人に後悔を残さないためにもがんの末期医療に漢方治療を取り入れる意義はあると思います。