Q-09:鍼灸は生体の恒常性維持機構を利用して体の歪みを正す
【概略】
適度なストレスは、体を活性化し、抵抗力を高める刺激剤となります。鍼(ハリ)や灸(キュウ)は、それぞれ圧や熱により「刺激」というストレスを体に与え、体の恒常性維持機能を利用して、体の歪みを正し、自然治癒力を高めることができます。血行促進作用や免疫機能を高める効果があるため、病気の治療だけでなく、最近は健康増進や老化防止にも有効です。鍼灸の刺激により、免疫細胞が活性化されると、生体防御能が高まり、感染症やガンに対する抵抗力が強くなります。
【鍼灸の効果は科学的に証明され、世界の多くの国々で代替医療として用いられている】
痛みのあるときに、その部分かそれに近い部分を押してやると、痛みが幾分軽減されることを経験した人は多いと思います。例えば、胃腸の痛みの場合、背中を押さえるとか、腹部を抑えたりすると有効なことがあります。これは内臓と特定の皮膚領域が神経で連絡しており、皮膚の刺激が内臓の痛みに影響するしくみ(皮膚内臓反射という)が体に備わっているからです。また、皮膚の機械刺激や熱刺激は、神経によって脳に伝えられ、自律神経やホルモン分泌に作用したり、内因性の鎮痛ホルモン(エンドルフィンなど)の分泌を促します。適度な皮膚の機械的刺激が血行を改善したり免疫細胞の働きを賦活化する作用機序も、現在では科学的に証明されています。
中国医学(東洋医学)では、このような皮膚刺激による治療効果に数千年前から気付いており、経験医療として発達させてきました。どの部分を刺激するとどのような効果があるのか、という治療経験を蓄積して、独自の治療体系を整えてきました。
俗に「つぼ」と呼ば れているものは東洋医学では経穴(けいけつ)といい、もっとも重要な柱になっています。経穴は鍼を打つとか灸をすえるとかの機械的刺激を加えることによって、遠く離れた場所に反応を
起こして病変を好転させることのできる部位です。経穴は人体に360個以上あり(古典には1年の日数と同じ365と記されていますが、新しいものが年々見つかっているようです)、無秩序に点在するのではなく、経洛(けいらく)という線によって結ばれています。電車の線路上に並ぶ駅のようなものをイメージすればよいかと思います。経洛は「気」が巡る道ですので、ツボを鍼やお灸で刺激することで「気」を動かし、内臓やその他の器官を調和させるというのが鍼灸の基本的考えです(図)。
体表の物理的刺激を利用して、生体のもつ恒常性の維持、自身のもつ疾病に対する防御機能や治癒機能を高め、病気の治療だけでなく健康保持に寄与する治療法のひとつといえます。西洋医学にはない効果を得ることができ、日本や中国だけでなく、現在は世界の多くの国々で代替医療(正規の医療の補完)として用いられるようになってきました。
図。経絡は内蔵と体表に分布し、生命活動の基本的要素である「気と血」を運んで、全身を巡り、生命活動を司っている。経絡はたとえて言うと「線路」にあたり、気・血はその上を走る「電車」に相当する。ツボ(経穴)は交通の整理をする「駅」のようなもの。鍼灸によってツボを刺激することにより経絡の流れを調節して体の歪みを正すことができる。 |
【鍼灸治療とは】
(1)はり(鍼)治療:
鍼治療では、病気の種類や症状に応じて東洋医学的な診察を行ない、数ヵ所の経穴にハリを刺します。日本で主に用いられている鍼は、管(鍼管)に鍼を通して、皮膚の上に立て、軽くたたいて5ミリほど挿入し、管を取り去って目的の深さまで差し込みます。これは江戸時代に日本で発明された方法です。一般的によく治療に使われる鍼は髪の毛程度の細さなので熟練した鍼灸師であれば、刺したときの痛みはほとんどありません。ただし皮膚には痛みを感じる点(痛点)があり、ごくまれにチクッとすることもありますが注射ほどの痛みではありません。
これに対し中国鍼と呼ばれているものは、太くて長く、管に通さず、直接挿入するのが特徴です。その他、体の中に差し込まず、皮膚の上から刺激する小児鍼やローラー鍼、ばんそうこうのように張って使う円皮鍼や皮内鍼など様々なものがあります。病気の種類や状況、患者の体質によって鍼の種類や治療法が選ばれます。
(2)きゅう(灸)治療:
一般に、米粒の半分位に小さく捻ったモグサ(材料はよもぎの葉)をツボの上で燃やしてツボに
温熱刺激を加え、鍼とほぼ同様な効果を期待する治療法です。多少は熱さを感じますが、モグサの燃焼温度は低く、熱さを感じた時点ですぐさま消し取る方法なら、熱さを感じるのはほんの一瞬です。無痕灸や間接灸(ショウガ灸・塩灸など)のように痕がつかない方法もあります。以下のような幾つかのやり方があります。器用な人なら家庭で治療を継続することもできます。
有痕灸:米粒大かその半分くらいの大きさのもぐさをツボにのせて線香で火をつけ、もぐさが燃えつきてから取り除く方法。お灸のあとがつく。
無痕灸:もぐさを親指大にしてすえる方法。熱さを感じた時点でもぐさを取り除くので、お灸のあとがつかない。
間接灸:皮膚ともぐさの間にショウガやニンニクなどの薄片やみそ、塩、湿紙などを置いて行う方法。 その他に、機械を使って行う方法など様々な方法があります。
鍼灸師は厚生大臣が認定する医療資格です。厳密には、はり師ときゅう師とは別資格ですが、通常は授業で平行して扱われ、両方の免許を取得し併業の形態をとることが多いために鍼灸師と通称されます。(マッサージも別資格ですが同時に取得している方もあり、そのような方は鍼灸マッサージ師という呼称を用いることがあります)
【鍼灸は多くの疾患の治療に効果がある】
鍼灸治療というと肩こり・腰痛や慢性の関節痛といった整形外科で見てもらうような症状に向いていると思われがちですが、急性疾患や慢性疾患など非常に多くの病気に有効です。例えば頭痛、風邪、胃腸の病気、下痢・便秘、冷え性、耳鼻科の病気、自律神経失調症なども鍼灸で治すことが可能です。
その理由は、内因性の鎮痛機序を賦活化し、血行や新陳代謝を促進し、内分泌系や免疫系に作用するなど、体に備わった自然治癒力や生体防御能を活性化するからです。体の治癒系に作用する治療法は殆どの疾患に有効であるといえます。
鍼灸治療の適しない疾患として、各種の感染症や悪性腫瘍や外科手術を要するものなどがあります。ただし、ガン治療においては鍼灸治療の併用が有用な場合があります。ガン患者にみられる疼痛や、化学療法の吐き気などに効果があるという報告が米国国立衛生研究所から出されています。精神的症状を改善する効果もあり、特に「気分がよくなる」というのは鍼灸治療を受けたほとんどの患者さんで見られる効果であり、「生きる意欲が出る」などの精神面での安定が得られる場合もあります。
また、鍼治療を西洋医学と組み合わせることにより、脳卒中のリハビリや頭痛、生理痛、腰痛や喘息など多くの症状に効果を発揮することが指摘されています。
鍼灸の効果として、血行促進作用、生体機能調整作用、免疫機能の向上、鎮痛作用などがあります。血液循環が良好になれば、病気の治療だけでなく、細胞・組織・臓器の若さを保って健康増進と老化防止にも役立ちます。自律神経や内分泌機能のバランスを正常状態にもどすことは自然治癒力を高める上で大切です。鍼灸の刺激により、免疫細胞が活性化されると、生体防御能が高まり、感染症やガンに対する抵抗力が強くなります。また、鍼灸の刺激により、鎮痛作用を有するモルヒネ様物質の脳内での産生が促進され、血液循環と細胞の活性化などにより炎症の吸収が早くなります。このような効果により自分で自分の病気を治す能力(自然治癒力)が高まることになるのです。
【注意点】
鍼は有害作用がきわめて少なく、標準的な手はずに則り免許を有した専門家が行うかぎり安全性の高い治療であるといえます。しかしながらすべての医療行為はなんらかのリスクを伴います。
通常、鍼灸院でおきる有害作用としてもっとも多いものは脳貧血です。著しく空腹な時や鍼をおそれている人に鍼をしたときに起きることがあります。これに対しては「返しばり」という鍼の方法がありすぐに回復でき心配はありません。鍼灸師はこのような事態に対して機敏に対処できる訓練を積んでいます。
内出血を起こすことがありますが、小さなものはなんともなければそのままにしておいても数日で消失します。血液の病気などで出血しやすい病気もありますから、皮下出血が広がるときには医者の診察を受けて下さい。なお、血液を固まりにくくする薬剤や免疫を抑える薬剤などを服用中の方は、鍼灸治療を受ける前に主治医に相談したほうが無難です。
また、ハリを刺していったときにズーンと重くなるような感覚(得気)が生じることもありますが、これはハリ治療独特のもので有害作用ではなく、そのほうがよく効くといわれています。また、治療後に体がだるくなることがあるが、一時的なもので心配はいりません。
比較的重度のリスクとしては、感染・気胸・折鍼などがありますが、頻度はたいへん低いもので、しかも術者の注意により避ることが可能であることが医学雑誌に述べられています。経験豊富な信頼できる鍼灸師であれば、起る可能性は極めて低く、例え万一発生しても適切に対処できます。
鍼灸院の院内感染の可能性に関しては、法律で消毒が義務づけられており、使い捨てや各種滅菌法をほどこした安全な鍼を使用していますので基本的には心配ありません。院内感染防止の対策はマニュアル化されており、学校や鍼灸師会での教育も徹底されています。しかし、鍼灸師の一部にまだ経験主義的な消毒法を適用している人がいるかもしれません。使い捨てのハリでない場合で、術者の信頼性に不安があるような場合にはハリの消毒法について説明を受けるのも必要です。
鍼灸師の間に経験や技術に格差があることは確かです。病気がかえって悪化したり、治療に疑問が生じたら遠慮なく質問し、もし納得できる説明ができない場合には別の治療院に替わるのも得策かもしれません。
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