がんの特徴:
身体の全ての臓器や組織は様々な細胞によって構成されています。これらの細胞は、数を増やす必要が生じたときだけ、一定の法則にしたがって分裂・増殖します。ところが、必要もないのに、細胞が勝手に増殖して、異常な細胞の塊を生じることがあります。この異常な細胞によって作られた塊を腫瘍とよびます。腫瘍には良性腫瘍と悪性腫瘍が区別されます。良性腫瘍は増殖が遅く局所的に細胞の塊を作るだけですが、周囲の正常な細胞や組織をも破壊してしまう性質を持ったものが悪性腫瘍、すなわち「がん」なのです。がん細胞はまた血液やリンパ液に乗って、離れた臓器に転移し、そこで新たな腫瘍を形成します。つまりがん細胞とは、正常な組織を破壊し、他の臓器に転移を繰り返しながら、無限に増殖しつづけ、ついには宿主である人間を死にいたらしめるものなのです。
医学的には、粘膜上皮細胞や肝臓細胞など上皮系細胞から発生するものを癌といい、筋肉・骨・軟骨・神経・線維芽細胞などの間質系細胞から発生するものを肉腫と呼びます。(このサイトでは癌と肉腫を含めて悪性腫瘍を「がん」と呼んでいます。
がんは遺伝子の異常:
遺伝子(遺伝情報を担う構造単位で、通常1つの蛋白質を作り出すことができる)の情報は細胞の核の中にある染色体のDNA(デオキシリボ核酸)に書き込まれています。DNAは2本のロープがより合わさったような二重らせん構造になっており、そこには4種類の塩基という物質(アデニン、グアニン、シトシン、チミン)が、文字列のように延々と一列に並んでおり、その配列を読み取って体に必要な蛋白質を作り出しています。一つの細胞核に含まれる染色体の一組をゲノムといい、ヒトの場合1ゲノムは46個(22対の常染色体と1対の性染色体)の染色体があります。1ゲノム中には合計約30億塩基対の塩基配列情報が記録されており、これに含まれる遺伝子の数は最近の研究で約3万個程度であることが明らかになりました。
DNAの遺伝情報には、細胞を形作り機能させるための蛋白質の作り方と、その発現の量や時期を調節するために必要なマニュアルが組み込まれています。したがって、この遺伝子情報に誤りが生じるとその細胞の働きに異常が生じます。例えば、正常な細胞であれば、止めどなく分裂増殖を繰り返すということはありません。それはDNAの情報によって、分裂増殖のペースや限度がコントロールされているからです。しかし、この細胞増殖をコントロールしている遺伝子に異常が生じると細胞は際限なく分裂を繰り返すがん細胞となるのです。
誤りを起こす原因は、DNAに傷がついて間違った塩基に変換したり、遺伝子が途中で切れたりするためです。これをDNAの変異(へんい)と呼び、DNA変異を引き起こす物質を変異原物質とよびます。環境中には、たばこ・紫外線・ウイルス・食品添加物など変異原物質が充満しています。変異原物質は、栄養の分解など体内の代謝の過程でも作られます。変異原物質の共通の性質は強い化学反応性を持ち、DNAと反応してDNA変異を生じさせます。
このような多くの原因により、個々の細胞レベルでは、遺伝子の変異が日常的に起こっています。しかし、ほとんどの場合は遺伝子レベルで修復機構が働き、細胞の働きは正常化されています。ところが何らかの原因により突然変異がそのまま定着する場合もあります。突然変異を起こした細胞が分裂とともに増殖する結果が、がんという病気につながっていくのです。たとえがん細胞が増殖しだしても免疫力が正常であれば、がん細胞は体から排除されてしまいます。しかし、老化やストレスなどによって免疫力が低下するとがん細胞の増殖を許してしまい、がんという病気になるのです。
がん遺伝子とがん抑制遺伝子:
約3万個ある遺伝子のうち、どういう遺伝子に傷がつくと正常細胞ががん化するのかが、がん研究の中心課題になっています。昔から、動物のがんウイルスは「がん遺伝子」をもっていることが知られていました。それと同じような遺伝子が、人間のがんにも関与していることが証明されたのは20年程前です。このがん遺伝子の本来の役割は、正常な細胞を増殖させることですが、異常を起こすと無制限に細胞を増殖させることに荷担してしまいます。
さらに、反乱分子の出現を監視し、細胞のがん化を防いでいる「がん抑制遺伝子」も見つかってきました。これらは、老朽化した細胞の死(アポトーシス)をうながし、細胞が増えすぎないようにコントロールする役割や、傷ついたDNAを修復させる役割をもった遺伝子であることがわかりました。このようながん抑制遺伝子の働きが弱まると、変異した細胞のDNA修復が妨げられたり、アポトーシスで除去されなくなったりします。
つまり、がん遺伝子とかがん抑制遺伝子というのは、正常細胞の増殖・分化・細胞死に関わる遺伝子がDNA変異の結果、機能異常をきたしたものなのです。正常細胞の増殖に対して、がん遺伝子はアクセルの役割を果たし、がん抑制遺伝子がブレーキの役目を果たしています。正常細胞は必要なときに分裂し、必要がなくなると停止するという制御機構をもっていますが、がん細胞がこのようなコントロールができない理由は、細胞増殖のアクセルとブレーキがともに故障しているからなのです。発がんに関係している人間の遺伝子として、現在の段階では約100種類程が知られています。そのうちの十数個の遺伝子の異常が一つの細胞に蓄積した時に、正常な増殖制御を行ううえでの限界が訪れ、がん細胞になると考えられています。
多段階発がん:
がん細胞は突然発生するではなく、当初正常細胞のDNAに小さな変異が起こり、少しずつDNA変異が蓄積し何年何十年かの間にその異常が大きくなって、がん細胞の性質を獲得していきます。
DNAに傷をつけて変異を起こさせる物質を発がん・イニシエーターといい、前述の変異原性物質に相当します。DNAに変異が生じても通常はDNA修復酵素の働きによって速やかに修復されます。もし大きなDNA障害が生じた場合には、細胞は自ら死んで除かれます(アポトーシスという)。がん遺伝子やがん抑制遺伝子の変異も、一個の変異だけではがん化は起こりません。複数のがん遺伝子やがん抑制遺伝子に異常が起こって初めて、自分勝手に増殖する能力をもったがん細胞が誕生するのです。これはアクセルが多少壊れても、ブレーキが十分機能しておれば車の暴走は起こらないのと似ており、アクセルもブレーキもひどく壊れてしまった状態ががん細胞なのです。
細胞のがん化を促進するようなものを発がん・プロモーター(促進という意味)といいます。組織の慢性炎症などでは、傷ついて死んだ細胞を補うために細胞分裂が亢進するために、発がん過程を促進されます。脂肪類を多くとると、これを消化する胆汁酸という成分が胆嚢から大量に分泌され、これが大腸内に棲んでいるいろいろな細菌によって変化し、がん細胞の増殖を促進するような物質になります。慢性の便秘がつづくとこのような成分が排除されずに蓄積され、直腸がんや大腸がんの原因となります。一方、細胞の増殖活性や活性酸素による障害を軽減させるようなものは、発がんを抑制します。
種々のメカニズムにより、がん細胞は次第に多くの変異を獲得し、増殖速度も早くなり、転移などを起こすような悪性度の高いがん細胞に変化していきます。アポトーシスが起こりにくく、増殖速度が速くなったがん細胞は増殖に有利になります。したがって、増殖の遅いおとなしいがん細胞にかわって、よりたちの悪いがん細胞が優先的に増え、がん組織は次第に悪性度を増す方向で進展していきます。これをがんのプログレッション(進展という意味)といいます。
すなわち、がんは進行するに従い、より増殖の速い悪性度の高いがんへと変わっていくのです。このように、イニシエーション、プロモーション、プログレッションというがんの進展は、遺伝子変異の蓄積の結果として起こり、これをがんの「多段階発がん」といいます。
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