自然治癒力を高める漢方理論とは

西洋医学には体の自然治癒力に働きかけて病気を治していこうという発想は乏しいといえます。一方、漢方医学は体が本来持っている生命力や自然治癒力を引き出して病気を治療することを最も重視しています。

【漢方では自然治癒力を気・血・水で考える】

漢方では生体機能を担っている基本的な構成成分として気・血・水の3つの要素を考えています。は人体の全ての生理機能を動かすエネルギーであり、血・水は体を構成する要素です。は血液に相当し、は体液やリンパ液など体内の水分であり、気のエネルギーが原動力になって体の中を循環しています。

気を陽気、血・水を陰液と呼んでおり、 陽気と陰液をあわせたものを「正気(せいき)」といいます。正気は、自然治癒力を働かせる原動力と物質的基礎であり、病気の原因となる「邪気(じゃき)」と対抗する人体の抵抗力や生命力を示す概念です。

図。体の抵抗力(正気)は気・血・水の3つの働きによって生み出される。気は生命のエネルギーであり、自然治癒力の物質的基礎である血・水を動かす原動力となる。

正常な人体では気(生命エネルギー)血・水(体を構成する要素)が、いずれも過不足なく、しかも滞りなく生体を循環することによって生命現象が正常に営まれます。気血水の量のバランスと循環を良好な状態では体の新陳代謝や生体防御力や恒常性維持機能が十分に働いて、体の自然治癒力が高まり、病気の原因に対して抵抗力を十分に発揮できるので病気にならずに済むのです。すなわち、気血水の量のバランスと循環を良好な状態にすることが自然治癒力を高める必要条件になるのです。

図。気血水が過不足なくバランスがとれて循環が良好な状態(正気の充実)では、自然治癒力が十分に働いて病気の原因(邪気)に抵抗することができる。

【気血水の変動を一定に保つ復元力が存在する】

体を働かせる基盤である 気・血・水は生理的な範囲で変動しており、その変動の幅が体の復元力(回復力)によって戻る範囲であれば体は正常状態を維持できます。この復元力は西洋医学における恒常性維持機構(ホメオスターシス)と同じような概念です。バランスを保つことができる幅、すなわち復元力(回復力)が働いてもとに戻れる幅は個人差があり、これが病気になりやすい人、なりにくい人の違いの原因の一つです。歳を取ったり栄養状態が悪くなると、体の回復力が落ちてきます。栄養や血液循環や新陳代謝を良好にする事は、このバランスを維持できる幅を大きくできるので、病気に対する抵抗力を高めることになります。この原則に従えば体の回復力、つまり自然治癒力を高めて病気にならない体造りが可能になるのです。

なんらかの原因で気血水の変動が正常の幅を超えて失調すると疾病の発生につながります。これには量的に不足する場合と過剰になる場合があります。不足している状態を「」といい、過剰な状態を「」といいます。

図。気血水(陰陽)はある幅で変動しており、体の復元力(=恒常性維持機能)で戻る範囲であれば健康を維持できる。漢方医学では、正常範囲を超えて過剰になった状態を「実」といい、不足した状態を「虚」という。

【気血水の量と巡りの異常によって病気が発生する】

」は陽気(気)や陰液(血・水)の量と機能の不足した状態であり、気の不足を気虚(ききょ)、血の不足を血虚(けっきょ)、水の不足を陰虚(いんきょ)あるいは津虚(しんきょ)といいます。漢方では体液など体の水分は「(すい)」といいますが中医学では「津液(しんえき)」といい、陰液は広い意味では血と水を含みますが、狭い意味では水と近い概念です。したがって、水の不足した状態を「陰虚」とか「津虚」という用語が用いられます。

」とは充実という意味ですが、陽気や陰液が過剰であったり停滞している状態も意味しています。量がたくさんあって充実していれば、体の抵抗力や治癒力も旺盛と思われがちですが、それは正常範囲にある場合であって、正常範囲を超えて過剰な状態は巡りが停滞していることを意味します。水かさの多い川は、流れが良ければ多くの栄養分を運んで土地を肥やしてくれますが、塞き止められて流れが停滞している結果として量が増えているのであれば、流れが淀んで濁ってきます。同様に気血水の流れが停滞して量が過剰になれば病的状態といえます。気の停滞を気滞、血の停滞をお血、水の停滞を水滞といいます。

【漢方薬は気・血・水の量と巡りを正常化させる】

陰液や陽気の不足、つまり気血水の量が不足している場合には補なわなければなりません。この治療を「補法」といいます。気を補うことを「補気」といい、血を補うことを「補血」といいます。体の体温を保持する陽気を補うことを「補陽」といい、一般に体を温めて新陳代謝を活性化する治療法に相当します。陰液、とくに体液の不足を補うことを「滋陰」と言います。

気血水の量が過剰な場合には、それを取り除かなければなりません。この治療を漢方では「瀉法(しゃほう)」といいますが、過剰になっている要素の循環(巡り)を良好にすること、つまり流れを良くすることが基本となります。気の巡りを良好にすることを「理気」といい、気が滞って過剰になっている状態(気滞)を改善する方法です。同様に血の巡りを良好にすることを「駆お血(あるいは活血化お)」といい、水の巡りを良好にすることを「利水」といいます。

  不足 (←治法)   停滞 (←治法)
 気 
  気虚 (←補気)   気滞 (←理気)
 血 
  血虚 (←補血)   お血 (←駆お血)
 水 
 陰虚・津虚(←滋陰)   水滞 (←利水)

表。気血水の異常には不足(虚)と停滞による過剰(実)がある。漢方治療にはそれぞれに対する治療法(治法)がある。

漢方薬はいろいろな作用(薬能という)をもった生薬の組み合わせから成り立っています。その組み合わせを考える時の基本は体の異常を起こしている気血水の状態を正常な方向に引き戻してやることです。

一人の人間の体の状態を気血水の3つの要素で分けてみると、それぞれの要素は、不足している状態(虚)から巡りが悪くて量が過剰になっている状態(実)まで連続的な場所の「ある点」にあるはずです。これらの3つの要素を3次元的にとらえると図のようになります。3つの線が交わる原点は気血水がいずれも過不足ない状態で、この時は体が最も正常な状態です。体の回復力(自然治癒力)が十分働いておれば、体は自然にこの原点に戻すように働いて健康状態を維持できます。もし体の復元力を超えて異常が起これば、体の気血水はこの図に示すどこかに偏移しています。その偏移の場所や程度は病人個々に様々です。

図。気血水の虚実の位置付け。Aは気血水のいずれも不足(虚)した状態であり、Bはいずれも過剰な状態(実)である。それぞれの位置によって使うべき漢方薬が決まる。

たとえば、慢性の病気に罹って食欲も元気も低下し(気虚)、栄養状態が悪く貧血があり(血虚)、皮膚に潤いがなく乾燥している(陰虚・津虚)ような状態は図のAの場所にあるといえます。この異常状態(病的状態)を改善するためには、気血水のいずれもその量を増やすように補う治療(補気・補血・滋陰)が必要といえます。

逆に、気の巡りが悪くのぼせや腹が張ったりし(気滞)、血の巡りが悪く皮膚や粘膜は暗赤色で(お血)、体液の循環が悪く体のむくみがある(水滞)時には、図のBにあるといえ、気血水のそれぞれの巡りを改善する治療が優先されなければなりません。

この図では表現できませんが、気の巡りが悪く(気滞)しかも量も不足している(気虚)場合もあります。血の量が不足して(血虚)しかも巡りが悪い(お血)場合もあります。このような場合はそれぞれの巡りを改善しながら量の不足を補わなければなりません。気滞と気虚があるときに気の量だけ補うような治療をすることは、川をせき止めてダムの水を放流するようなものであり、病気の状態を悪化させる原因となります。

このように、気血水の量や巡りの異常の状態や程度に応じて、それらを改善するような効果をもった生薬を組み合わせて治療するのが漢方が体の自然治癒力を高めるための理論です。そのような効果をもった生薬が経験的にまとめられその使い方を体系化したのが漢方理論の基本です。

【漢方医学は栄養・循環・新陳代謝を改善して自然治癒力を高める】

体をつくるのは食物から取られる「栄養素」であり、自然治癒力の元も栄養素です。したがって、食物を消化吸収する胃腸の働き、吸収した栄養を体の隅々まで行き渡らせるための血液循環、細胞や組織の新陳代謝を高めることが自然治癒力を高める必要条件になります。栄養が十分に行き渡り、新陳代謝が活性化すると、細胞や組織の修復や再生能力は維持され、自律神経やホルモンが正常に働いて体全体の調和が保たれ、免疫力などの体の抵抗力が十分働くことができるのです。

生命力を高めるということは体全体の働きを調和させることが必要ですから、胃や腸や肝臓と臓器を別々に細かく分ける西洋医学の考え方ではうまくいきません。漢方では体を構成する成分として気・血・水の3要素に分けて、その相互の関係から自然治癒力を高める理論体系を確立しています。その理論体系を基盤として、表に示すように、栄養の消化吸収、血液の循環、組織の新陳代謝などを改善するような薬を、長い歴史の中での臨床経験体から見つけ出してきた点に漢方治療の効く秘密があるのです。

1 胃腸の調子を整えて元気をつける補気・健脾薬
  人参・黄耆・白朮・蒼朮・山薬・甘草・大棗・膠飴・粳米・茯苓など
2 栄養を改善して抵抗力を高める補血薬
  当帰・芍薬・地黄・何首烏・阿膠・枸杞子・竜眼肉・遠志・酸棗仁など
3 体の潤いを増す滋陰薬
  麦門冬・天門冬・か楼根・山茱萸・五味子・地黄・玄参・白合など
4 体の機能の停滞を改善する理気薬
  陳皮・枳実・香附子・木香・蘇葉・薄荷・烏薬・半夏・厚朴・柴胡など
5 組織の血液循環を良くする駆お血薬
  桃仁・牡丹皮・芍薬・紅花・牛膝・蘇木・大黄・川きゅう・莪朮・丹参・地竜など
6 体の水分の分布と代謝を良くする利水薬
  猪苓・沢瀉・防己・黄耆・麻黄・蒼朮・白朮・車前子・茯苓・よく苡仁など
7 体を温めて新陳代謝を高める補陽薬
  附子・桂皮・乾姜・杜仲・蛇床子・淫羊かく・丁子・山椒など
8 生命力を高める補腎薬
  地黄・山薬・山茱萸・莵絲子・枸杞子・亀板・杜仲など
9 炎症を抑えたり解毒機能を補助する清熱薬
  黄連・黄ごん・黄柏・山梔子・夏枯草・石膏・知母・柴胡・連翹・金銀花など

表:漢方医学では気血水の量や巡りを正常化させるためのいろいろな生薬が用意されている。

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