二千年以上前に記された『黄帝内経』という中国医学の代表的古典の中に、「上等の医者は、既成の病気を治すということよりも、未病を治す」という記載があります。これは中国医学では二千年以上前に予防医学の重要性を認識し,「病気にならないようにする」ことを最高の医療としていたことを示しています。ここに使われている「未病」とは、既病(器質的病態)に陥る前の状態(機能的病態)、あるいは半健康状態を意味し、生活習慣病における患者予備軍のようなとらえ方で近年よく引用されています。西洋医学的な検査では異常所見はなく一見健康と思われる集団の中にも、中国医学的診断では異常ととらえられる場合があり、このような状態を未病として認識し、病気の予防に役立てています。
未病とは「未だ病まない」状態ですが、その背景には西洋医学の二元的健康感とは異なる東洋医学の一元的健康感があります。すなわち健康と疾病の状態を二律背反ととらえる(疾病でなければ健康、健康でなければ疾病)のではなく、健康の状態には高い状態から低い状態まであって、それが低下すると疾病の状態に至るという連続的な見方をするものです。この未病の考え方によれば病気の発症をその予兆によって知り予防するとともに、いったん発症した場合であっても重篤にならないように早期・適切に処置することが肝要であり、これによって疾病の悪化や進展の防止が期待できるとされています。
西洋医学では、検査値から正常と異常の間に境界域を設定して早期診断・早期治療の対象にしていますが、漢方医学では、陰陽・虚実・寒熱・表裏・気血水といった独自の物差しを用いた診断法に基づいて、より早期の未病の段階での診断を行ない治療を行なうことが可能です。未病というのは病理学的にまだ完成されていない状態(機能的病態)であるため、解剖学や病理学を主体とした現代医学では評価が困難です。原因志向型の西洋医学では病理学的に病態が完成していない未病の段階では、診断することも治療する対処法もないのです。
陰陽や気血水といった概念は、現代医学の観点からは全く仮想的なものにすぎませんが、生体における諸々の機能のバランスの歪みをとらえる指標としては極めて有用です。現代医学的には病的所見を見い出せなくても、漢方医学的には、オ血や気滞や水毒などの所見が見い出せて評価でき、しかも即治療法があるのが漢方治療の特徴です。