植物の根や果実などを原料とする生薬には、抗酸化作用や免疫増強作用など癌予防に有効な物質が多く含まれています。生薬の組み合わせからなる漢方薬は、癌予防のための複数の薬理効果を有し、天然物で副作用が少なく、また医薬品としても認可されていることより、癌化学予防剤の候補として注目されています。
ウイルス性肝炎に使用される小柴胡湯(しょうさいことう)には、種々の動物発癌実験や臨床試験において肝発癌予防効果が報告されています。その薬理学的研究も、漢方薬のなかでは最も多くの報告がなされており、細胞膜保護作用、抗酸化・抗炎症作用による肝細胞障害の抑制、肝血流増加作用、肝再生促進作用による障害肝の修復促進、免疫賦活作用を介する抗ウイルス活性、肝線維化抑制作用などが報告され、これらの作用が総合的に生体に作用して肝臓障害に対する薬効を発揮すると考えられています。また、慢性肝炎状態における肝組織内でのサイトカイン・ネットワークの異常を調整しながら、免疫・神経・内分泌のバランスを保持・回復させ、全身的な生体防御機構の破綻を防止することも期待されています。実際、臨床例において、小柴胡湯がサイトカイン・ネットワークに作用する具体的データも多く報告されており、このような総合的作用が肝発癌抑制作用と関連していることが示唆されています。
小柴胡湯は、柴胡・黄ごん・半夏・生姜・人参・大棗・甘草の7種類の生薬から構成されていますが、癌予防効果に関しては、それぞれの薬理作用からも納得できる説明ができます。例えば、人参に含まれるジンセノサイドには癌細胞の分化誘導作用や、増殖抑制・転移抑制作用などが報告され、また多糖成分には免疫賦活作用を介した抗腫瘍作用が指摘されています。薬用人参を長期間摂取しているグループは、癌に罹るリスクが半分以下に減少することが韓国での疫学調査で明らかになっています。柴胡に含まれるサイコサポニンや黄ごんのフラボノイド類(バイカリン、バイカレイン、オーゴニンなど)には癌細胞の増殖を抑制する作用が報告されています。また、これらの生薬成分が、癌細胞に生理的細胞死であるアポトーシスを誘導することにより発癌抑制や抗腫瘍効果を示す可能性も指摘されています。生姜のジンゲロールには癌細胞の転移抑制効果などの抗腫瘍効果が報告されており、甘草のグリチルリチンには抗炎症作用や抗プロモーター活性などが知られています。癌予防のデザイナーフーズ・プログラムにおいて、生姜と甘草は癌予防効果を有する食品のトップクラスに位置づけられています。したがって、このような多彩な薬理効果を有する生薬の組み合わせからなる漢方薬には、複数の癌予防のメカニズムが作用するため、より効果的な癌予防効果が期待できると理解できます。
抗癌剤や放射線治療の副作用軽減や体力回復に使用される十全大補湯(じゅうぜんだいほとう)には、免疫機能や造血能を増強する作用が証明されており、癌再発予防効果や転移抑制効果なども報告されています。臨床的には、病後の体カ低下、疲労倦怠、食欲不振、制癌剤や放射線治療の副作用の軽減、患者のquality
of lifeの改善などを主な目的として、癌治療の補助療法としてもよく使用されています。
このように、癌の予防や癌治療後の再発予防などの目的において生薬や漢方薬の有用性が多く報告されています。 癌予防のための生体側の要因は抗酸化力や免疫など自然治癒力を高めることにあり、その目的において生薬や漢方薬は極めて強力な効果を持っているのです。