7.きのこに含まれるβ-グルカンは免疫力を高めてガンの増殖を押さえ込む。
【概略】
きのこ類に含まれる「β-グルカン」という多糖体が「免疫力を高めてガンを治す物質」として注目されています。β-グルカンは、免疫を担当するマクロファージやリンパ球を刺激して免疫力を高めます。例えガンが体に残っていても免疫力を高めればガン細胞の増殖を抑えることができ、ガンの再発や転移の予防においても有効です。免疫力を高めることは、高齢化社会で今後問題になってくる多重ガン(ガンが治癒したあとに別の臓器に新たに発生するガン)の発生予防にも効果が期待されています。
β-グルカン関連の薬剤(クレスチンやピシバニールなど)や健康食品(アガリクスやメシマコブなど)は、免疫力を高める目的でがん治療に応用されています。漢方薬で使われるきのこ由来の生薬(茯苓、猪苓、霊芝、冬虫夏草、など)も免疫力を高めてガンに効くことが報告されています。これらの薬剤や健康食品に頼る前に、日常的に食品としてきのこ類(椎茸、まいたけ、えのきだけ、なめこ、しめじ、など)を摂取することが大切です。
【体にはガンを押さえ込む免疫力が備わっている】
ガン細胞が発生しても、私たちの体はだまって見過ごしているわけではありません。免疫力やいろいろな仕組みを使ってガン細胞を排除しようとします。「免疫」とは異物に対して攻撃を仕掛けて排除しようとする生体防御の要で、異物とは外部から侵入してきた細菌やウイルスなどの病原菌のみならず、体内に生じたガン細胞も含まれます。
免疫系は様々なタイプの細胞から構成され、体の中では胸腺、脾臓、リンパ節、骨髄、小腸のパイエル板などに免疫細胞が集まって免疫組織を作っています。これらの免疫組織はリンパ管や血管と密接に連携して全身の至る所に網の目のようなネットワークを形成しています。免疫細胞は一般に白血球と呼ばれており、大きく分けて多核白血球(顆粒球)、リンパ球、マクロファージ(貪食細胞)に分けられ、これらがお互いに連携し役割を分担しながら、病原体やガン細胞を見つけては排除してくれます(図)。
図:免疫とは何か。
外部から侵入してくる細菌やウイルスなどの病原体や、体の中で発生するガン細胞などの「非自己」によって、私たちの体(自己)は絶えず攻撃を受けている。自己を保全するため免疫細胞は体の中をくまなく巡回して非自己(異物やガン細胞)を見つけて排除している。
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リンパ球の中のB細胞は抗体という飛び道具を分泌して相手を攻撃します。T細胞には、B細胞の働きを調整するヘルパーT細胞やサプレッサーT細胞、直接相手を攻撃するキラーT細胞があります。ナチュラルキラー(natural
killer)細胞(略してNK細胞)やマクロファージは異物を直接に攻撃する細胞で、腫瘍細胞やウイルス感染細胞を見つけると直ちに攻撃するため、がんに対する第一次防衛機構として、特に発がん過程の初期段階でのがん細胞の排除において重要な役割を果たしています。また、T細胞やマクロファージはサイトカインと呼ばれる蛋白質を作って放出します。サイトカインにはインターフェロン(IFN)や種々のインターロイキン(IL)があり、直接がん細胞を攻撃したり、他の免疫細胞の機能を調節することによってがん細胞との戦いに加わります。
免疫細胞が絶えず体内を監視していて、異常を起こした細胞を見つけて排除する仕組みを免疫監視機構と呼んでいます。免疫監視機能が正常であれば、通常はがん細胞が増殖して成長することはありません。ガン細胞を見つけて排除する免疫細胞の能力がガンに対する自然治癒力といえるのです。
免疫細胞の働きが弱まるとがんが発生しやすくなります。免疫不全を引き起こすエイズ(AIDS)の患者さんに悪性腫瘍が多いことは良く知られています。免疫機能の低下の原因として最も重要なのは老化によるものであり、そのほか精神的・肉体的なストレスや栄養障害なども重要です。老化とともにがんの発生が増えることや、ストレスががんの発生や進行を促進することも、その原因は免疫力が低下するからです。人間の免疫力は18〜22才くらいをピークにして年令とともに衰え、がん年令の始まりといわれる40才台の免疫力はピーク時の半分まで下がり、その後も加齢とともに下降するといわれています。
【免疫療法はガン手術後の生存率を高める】
ガン細胞を攻撃する免疫(腫瘍免疫)には特異的免疫と非特異的免疫が区別されます。マクロファージや樹状細胞と呼ばれる細胞が、ガン細胞からガン抗原ペプチドと呼ばれる小さな蛋白質を捕足し、その情報がヘルパーT細胞に伝えられ、その情報に従って特定のガンに対する免疫応答が引き起こされるのが特異的免疫です。NK細胞やマクロファージなどがガンの種類に関係なく攻撃を仕掛けるようなものを非特異的免疫といいます(図)。
図。腫瘍免疫の仕組み(概略)
体内にガンが存在するときには、ガン細胞からガン抗原ペプチドと呼ばれる小さな蛋白質が血中に 流れ出す。このガン抗原ペプチドはマクロファージや樹状細胞(抗原提示細胞とよばれる)に捕足 され、その情報がヘルパーT細胞に伝えられ、サイトカインの作用を介して、キラーT細胞やB細胞 などを活性化する。キラーT細胞は抗原提示細胞の情報に従いガン細胞に近づき、パーフォリンと よばれる細胞毒をガン細胞に放り込み、ガン細胞を殺す。マクロファージからのサイトカインは NK細胞も活性化し、非特異的な腫瘍免疫も増強する。このようにガン細胞に立ち向かう免疫細胞 が次々に活性化されていきガン細胞への効果的な攻撃が行われる。
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近年、分子免疫学の進歩によりガン細胞に特異的な蛋白質を作り出す遺伝子が発見され、ガン抗原をターゲットにしたガンワクチンや遺伝子治療などガン抗原特異的な免疫療法も可能になりつつあります。β-グルカンや蛋白多糖体や細菌製剤などを使った免疫療法は、NK細胞やマクロファージを活性化する事によってガン抗原非特異的な免疫力を増強する作用が主体ですが、リンパ球からのサイトカインの分泌を刺激することによってガン抗原特異的な免疫力を高める効果も発揮します。
抗原非特異的なガン免疫療法は、単独では進行ガンに対して切れ味のよい腫瘍縮小効果が得られないため、有効性に疑問を抱く臨床医が多いのは事実です。しかし、ガン治療の効果を高め、再発予防に有効であることを示す証拠は多数報告されています。
例えば、胃ガン手術後に、抗ガン剤(マイトマイシンCとフルオロウラシル)を投与する治療法において、カワラタケ由来の蛋白多糖製剤のクレスチンを併用した場合の効果を比較した臨床試験が報告されています。抗ガン剤単独の場合には5年生存率が60.%であったのに対し、抗ガン剤にクレスチンを併用すると5年生存率が73%に延長したという結果が報告されています。
【きのこにはβ-グルカンなどの抗腫瘍多糖が含まれている】
「免疫力を高めてガンを治す」ような物質を多くの研究者が探してきました。その結果、抗ガン活性をもった多糖(抗腫瘍多糖)の存在がきのこなどから発見されました。多糖体というのはブドウ糖のような単糖がいくつも結びついた高分子物質のことで、その結び付きの違いで作用も異なってきます。抗腫瘍多糖の代表は(1→3)-β-D-グルカン(以下β-グルカンと略す)という多糖体で、類似の基本構造を有する多種のβ-グルカンが、きのこ類や生薬などから多数みつかっています。
これらの多糖にはマクロファージ・T細胞・NK細胞・補体系などの免疫増強にかかわる種々の免疫細胞を活性化する作用が証明されています。動物実験では、経口投与でβ-グルカンが免疫増強作用を示し、β-グルカンの分子量や構造がその活性に影響することが知られています。腸の粘膜には特殊なリンパ球が存在し、腸管壁での免疫応答(腸管免疫)が全身免疫に影響しています。高分子量のβ-グルカンは消化管からは吸収しにくいので、腸管免疫を介した免疫増強作用の可能性が示唆されています(後述)。腸管からの吸収を促進するために分子量を小さくしたり、構造を改変したものなど種々のβ-グルカン関連の物質が開発され、免疫増強作用をもつ機能性食品(健康食品)として使われています。
このようなβ-グルカン関連の薬剤や機能性食品は、免疫力を高める目的でがん治療に盛んに応用されています。β-グルカンによって活性化されたNK細胞やマクロファージなどがガン細胞の増殖を抑えるため、がんの再発や転移の予防においても有効です。
β-グルカンはサルノコシカケ科の仲間に多くふくまれています。生薬の霊芝(サルノコシカケ科のマンネンタケの一種)、猪苓(サルノコシカケ科のチョレイマイタケの菌核)、茯苓(サルノコシカケ科のマツホドの菌核)にも、同様の理由によりガンの予防や治療効果が報告されています。サルノコシカケ科のきのこはとても硬い木片のようで(サルが腰掛けても大丈夫なぐらい頑丈、ということでサルノコシカケと呼ばれている)、味は苦いので食用には使えず、霊芝、猪苓、茯苓など生薬として漢方薬に使用されています。しかし舞茸は例外であり、サルノコシカケ科ですが、柔らかく、味も香りも良いので、食用として使われています。免疫を活性化する作用のある“サルノコシカケ科”のなかで、唯一、食べられるきのことして、舞茸はガン予防のための食材として期待されています。近年、菌床栽培で広範囲の流通に成功し安く購入できるようになりました。
椎茸(キシメジ科)やスエヒロタケ由来の6分岐β(1→3)グルカンであるレンチナンやシゾフィラン、カワラタケ由来のグルカンを主とするタンパク多糖(クレスチン)は抗悪性腫瘍剤としてすでに臨床で実用化されています。また、アメリカのレーガン元大統領が癌の治療に使用したことで一躍脚光を浴びたアガリクス茸(カワリハラタケ科)に存在するβ-グルカンは他の物と構造が異なり、蛋白質が結合していて経口摂取でも強力な抗癌活性を示すことが報告されています。茸の一種であるが樹木からではなくある種の昆虫の幼虫から生える冬虫夏草(Cordyceps sinensis)も強壮剤として利用されています。ただし、アガリクスや冬虫夏草は高価であるという欠点があります。
きのこにはβ-グルカン以外にも、種々のヘミセルロース性多糖、ペクチン様多糖、α(1→4)グルカンなどにも抗腫瘍効果が報告されています。さらに、ミネラルや種々のビタミン類やアミノ酸を豊富に含んでおり、しかもカロリーも低く、脂肪がほとんどないことも癌予防のために積極的に摂取してよい根拠となっています。中国では古くからきのこは仙薬としてあつかわれ、少量ずつ毎日とり続けることは、長寿への近道であると考えられています。ガン再発予防の基本として、日頃の食生活の中にまいたけ、しいたけ、えのきだけ、なめこ、しめじ、など多種類のきのこ類を取り入れることが大切です。これらのきのこを多く食べている人がガンの発生が少ないとか、動物を使った発ガン実験できのこ類のガン予防効果を示す結果が多数報告されています。
【生体防御に大きな役割を果たす腸管免疫】
マクロファージやリンパ球の表面にはβ-グルカンが結合する受容体(レセプター)があって、このレセプターにβ-グルカンが結合するとこれらの免疫細胞が活性化されてガンに対する免疫力が高まります。したがって、β-グルカンが免疫力を高めるためには、体の中に入ってマクロファージやリンパ球を直接刺激することが必要と考えられます。ガン治療中の免疫力を高める目的で使用されるピシバニール、レンチナン、シゾフィランといったβ-グルカン製剤は注射として投与します。中国では、きのこ由来の生薬から抽出した多糖成分を注射して抗腫瘍免疫を高める治療も行われています。
注射で効果があっても、口から摂取した場合にも効くとは限りません。きのこを食事として口から取り入れても効果があるのかどうかが問題になります。β-グルカンは、糖が鎖のように長くつながった構造をしていますが、その鎖の長さが小さくなると免疫細胞を刺激する活性がなくなります。しかし長い鎖の状態では大きすぎて腸管からの吸収は困難とされています。そこで、消化管粘膜組織に存在する免疫細胞(腸管免疫)を刺激して、その結果全身免疫も活性化されるというメカニズムが指摘されています。
腸管には無数の腸内細菌が生息し、同時に外界からの病原菌や毒素などにさらされているため、このような外界からの侵入者に対抗するため腸管は独自の免疫系を発達させています。小腸の粘膜上皮細胞の間には小腸上皮間Tリンパ球という特殊なリンパ球が存在し、消化管の粘膜にはリンパ球が集まったリンパ装置が散在しています。リンパ装置は丸い形で中はスポンジのような網目構造をとり、その隙間に免疫を担当するリンパ球などの細胞がぎっしり充満しているものです。
胃の幽門部には比較的大きなリンパ装置が密集しています。十二指腸や小腸には、無数の小さいリンパ装置が粘膜表面直下に延々と並んでおり、特に小腸末端の回腸にあるリンパ装置は大きく広がり、その機能も活発で、パイエル板という名称が与えられています。盲腸の粘膜表面下には、リンパ節と見まちがえるほどの多数のリンパ装置がひしめきあっており、結腸、直腸にかけての大腸にも比較的大きなリンパ装置が並んでいます。
消化管は食事からの栄養物を摂取する器官であり、栄養の吸収の効率を高めるため、その管腔面に絨毛というヒダを発達させ、ヒト腸管粘膜の表面積はテニスコート2面分に相当するといわれています。したがって、そこに存在するリンパ球の数も多く、免疫抗体を作るBリンパ球全体の70〜80%は腸のリンパ装置などに駐留していると言われています。つまり、腸は体の中で最大の免疫組織といえます。
腸管はからだの中とはいえ、外部とも通じているため、様々な刺激を受けています。食べ物を初め、有害な物質や病原菌なども侵入してきます。からだを守る免疫系にとっては最前線なのです。この最前線の免疫細胞を食品成分で直接活性化したり、腸に棲みついている腸内細菌叢を変えることによって、体全体の免疫機能へ影響を変化させたり、強化することもできます。
食事による免疫賦活とは、腸管免疫系に適度の刺激を与えて、からだの免疫機能を活性化することにほかなりません。腸管免疫を活発な状態にしていくことは、体全体の免疫力を高めて、ガンの予防や治療に有益です。口からの摂取によって免疫賦活作用を示す食品成分は多いようですが、その代表がきのこ類に含まれる多糖類なのです。
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