紫根(シコン)の抗がん作用

【紫根に含まれるシコニン】

生薬の「紫根(しこん)」は日本各地や中国・朝鮮半島に自生するムラサキ科の多年草「ムラサキ(Lithospermum erythrorhizon)」の根を乾燥してものです。ムラサキは中国名は紫草といい、高さ30〜70cmで、根は暗紅紫色の円柱形で、太く枝分かれして深く地中に直生しています。
ナフトキノン誘導体のシコニンアセチルシコニンなどの紫色色素が含まれています。日本ではムラサキの根は天平の頃から紫色の染色に用いられ、江戸時代には江戸紫として有名でした。
2世紀の古代中国の薬物書「神農本草経」には紫草の原名で収載されており、古くからその薬効は様々な疾患(咽頭炎、火傷、切傷、麻疹、皮膚の化膿性疾患など)の治療に用いられてきました。
漢方では清熱涼血・解毒・透疹の効能があり、水痘や麻疹の初期の発疹が出きらないとき、紫斑、黄疸、吐血、鼻血、血尿、腫れ物などの治療に用いられます。麻疹の予防や肝炎の治療、膀胱炎や尿道炎などの感染症にも用いられています。
乳腺炎や乳がんの治療には牡蛎(ぼれい)・忍冬(にんどう)などを配合した紫根牡蛎湯(しこんぼれいとう)という処方があります。
紫根を主薬とした紫雲膏(しうんこう)は、火傷や凍傷、痔などの外用薬として有名です。紫雲膏は江戸時代の名医・華岡青洲が作成した軟膏です。
抗菌作用、効炎症作用、皮膚活性化作用、肉芽増殖作用。育毛効果等などから皮膚の美容効果も期待できるので、化粧水や美容液にも使われています。

シコニンアセチルシコニンには抗炎症、肉芽促進作用などの創傷治癒促進作用があり、紫根の抽出液には抗菌。抗浮腫作用などがあります。近年、抗腫瘍作用が注目され、絨毛上皮腫や白血病、乳がん、肺がんなど多くのがんに対する有効性が報告されています。
シコニンを進行肺がん患者に使用して有効性を認めたという臨床試験の結果が中国から報告されています。(Clinical trial on the effects of shikonin mixture on later stage lung cancer.Zhong Xi Yi Jie He Za Zhi, 11: 598-9, 1991)
この研究では、手術や抗がん剤や放射線による治療の適応が無い進行肺がん患者19例を対象に、シコニン混合液を投与したところ、肺がんの進行を抑制し、その有効率は63.3%で、腫瘍の直径は平均25%以上縮小し、1年生存率は47.3%という結果が報告されています。食欲増進や体重増加など、生活の質(QOL)が多くの患者で改善し、肺がんによる咳や痰や胸痛も軽減する効果が得られています。副作用はほとんど認めなかったということです。

【シコニンのプロテアソーム阻害作用】
培養細胞を使った実験で、紫根の抗がん成分のシコニンが、様々な種類のがん細胞の増殖を抑え、アポトーシスを誘導する作用があることが報告されています。その作用機序に関しては様々な報告があり、細胞増殖や細胞死のシグナル伝達における複数のターゲットに作用することが推測されています。シコニンの抗腫瘍効果の作用機序の一つに、細胞内の蛋白質を分解するプロテアソームの働きを阻害する作用が報告されています。この論文の要旨を以下に紹介します。
Shikonin Exerts Antitumor Activity via Proteasome Inhibition and Cell Death Induction in vitro and in vivo(シコニンはin vitro(培養細胞を使った実験)およびin vivo(動物を使った実験)においてプロテアオーム阻害と細胞死を誘導することによって抗腫瘍効果を示す)Int J Cancer. 124(10): 2450-2459, 2009
【要旨】
細胞内におけるユビキチン-プロテアソーム経路の異常は、がん細胞の増殖や進展において重要な役割を果たしている。中国伝統医学で使用されている紫根に含まれる天然ナフトキノンのシコニン(Shikonin)は、がん細胞を死滅させる効果があり、また進行肺がんにおける臨床試験でシコニンの有効性と安全性が示されている。この研究では、培養細胞を使ったin vitroの実験と、動物移植腫瘍を使ったin vivoでの実験で、シコニンががん細胞のプロテアソームを阻害することを明らかにした。
シコニンがプロテアソームの活性部位と相互作用することがコンピューターを使った構造解析の研究で示された。実際に、シコニンは精製した20Sプロテアソームのキモトリプシン様活性(IC50; 12.5マイクロモル/l)とがん細胞の26Sプロテアソーム活性(IC50; 2〜16マイクロモル/l)を阻害した。
マウスの肝臓がん細胞H22と、白血病細胞P388、ヒト前立腺がん細胞PC-3細胞の培養細胞を使った実験で、シコニンを培養液に添加すると、ユビキチン化した蛋白質が細胞内に増加し、プロテアソームで分解されるアポトーシスを誘導する蛋白質(IkB-a, Bax, p27)が蓄積し、細胞死が誘導された。
H22とPC-3細胞の移植腫瘍を使った動物実験でも、シコニン投与によってプロテアソーム活性が阻害され、がん細胞のアポトーシスが誘導された。さらに、P388白血病細胞を移植したマウスの生存期間をシコニンは著明に延長した。
以上の結果より、シコニンの抗がん作用の作用機序の一つとして、がん細胞のプロテアソーム活性の阻害作用が示唆された。 

プロテアソーム(Proteasome)は生体のすべての細胞に存在する複数のサブユニットから成る酵素複合体で、細胞内で不要になったタンパク質を分解する重要な役割を担っています。細胞内のタンパク質は秩序だった分解を受けますが、これに関与する分解系がユビキチン依存性プロテアソーム系です。
プロテアソームで分解されるためには,標的タンパク質に特定の目印が付かなければなりませんが、この目印の代表がユビキチンです。ユビキチンはアミノ酸76個から成るポリペプチドで,標的タンパク質のリジン残基にイソペプチド結合で結合します。ユビキチンは種を超えて極めて保存性の高いタンパク質です。
プロテアソームによるタンパク質分解は、細胞周期を遂行するうえで必須であるため、プロテオソームの働きを阻害するとがん細胞は細胞分裂が阻害されて死滅します。増殖や代謝の盛んな細胞ほどプロテアソームによる蛋白質分解活性が高く、したがって、がん細胞ではプロテアソームの発現が亢進し、高いプロテアソーム活性を有することが知られています。
また、がん細胞の増殖を促進する転写因子のNF-κBの活性を阻害するタンパク質(I-κB)はプロテアソームで分解されるため、プロテアソーム阻害剤はI-κBの分解を阻害して量を増やし、その結果NF-κBの活性を低下させることによって、がん細胞の増殖を抑える効果があります。
がん細胞の細胞死(アポトーシス)を誘導する蛋白質の分解が阻止されてアポトーシスが起こりやすくなる効果もあります。
プロテアソーム阻害剤としてベルケード(一般名 ボルテゾミブ)があります。ベルケードは化学療法に抵抗性になった難治性の多発性骨髄腫の治療薬として認可されています。ベルケードは強い副作用がありますが、それは正常細胞でもその機能維持にプロテアソームの働きが必要だからです。がん細胞におけるプロテアソームの活性のみを阻害できれば副作用の少ない抗がん剤となる可能性があります。

シコニンを含む紫根は、古くから抗がん作用が経験的に認められて、実際にがんの漢方治療では古くから利用されています。進行がんにおける臨床試験でも有効性が報告され、副作用もほとんど無いことが報告されています。シコニンの抗がん作用に関する科学的研究も数多く報告されるようになり、今回紹介したプロテアソーム阻害作用の他にも、TNF-α活性阻害による抗炎症作用トポイソメラーゼII阻害作用NF-κB阻害作用アポトーシスを誘導する蛋白質の活性化などが報告されています。今回紹介した論文の動物実験では、シコニンを腹腔内に注射で投与しています。したがって、煎じ薬で服用した場合に、本当にこのような効果(プロテオソーム阻害作用)が現れるのかは断定できません。しかし、古くから漢方治療に使われ、その臨床効果が認められているため、煎じ薬の内服でも十分に抗腫瘍効果が現れることが示唆されます。実際に、白血病や肺がん、乳がん、絨毛上皮腫など多くのがんに対する有効性が示されています。
煎じ薬としては紫根を1日3〜9g使用します。作用機序の異なる他の抗がん生薬(半枝蓮・白花蛇舌草・竜葵など)と組み合わせることによって、その抗腫瘍効果が高まる可能性があり、がんの漢方治療で試してみる価値が高い生薬です

図:紫根(ムラサキの根)に含まれるシコニンには抗腫瘍効果があり、そのメカニズムとして、がん細胞のプロテアソームの活性阻害作用が報告されている。

◎ シコニンの腫瘍性ピルビン酸キナーゼ-M2の阻害作用はこちらへ

◎ がん細胞の物質合成(同化)を促進するピルビン酸キナーゼM2についてはこちらへ

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