1.ウイルス性肝炎とは
【肝臓はからだの化学工場】
肝臓は、体の中で一番大きい臓器で、お腹の中の右側上部に位置していて、成人で800〜1,200gの大きさがあります。胃腸で消化・吸収された食物の栄養分は、ほとんど肝臓に集まってきます。肝臓には、これらの栄養分をからだが使いやすいように処理する「代謝機能」、からだに不用なものを体外に排出しやすい形に変える「解毒機能」、そしていざという時のために栄養素を分解して肝臓に蓄える「貯蔵機能」など、生命活動を維持する上でもきわめて重要な働きをしています。さらに肝臓には、胆汁を生成し胆管を通し十二指腸に分泌して腸の消化吸収を助け、不用な脂溶性の老廃物を胆汁に混ぜて体外に出す「排泄機能」があります。このように、肝臓は身体の栄養のすべてをとり仕切る化学工場ともいうべき働きを担っているのです。
肝臓は肺からの酸素(O2)と胃腸で吸収された栄養素を使って、エネルギー産生、物質代謝、解毒、排泄などを行う化学工場。 |
【肝臓は沈黙の臓器】
肝臓は日々、黙々と多くの働きをこなしています。肝臓病が進むと、このような働きが円滑に行われなくなります。しかし肝臓病の多くは、自覚症状がありません。肝臓は予備能力が大きく、肝臓の一部に障害が起こっても何の症状も出ないことが多く、かなり病気が進行しないと症状が出ないのです。
肝臓は臓器の中で最も旺盛な再生能を持っており、手術で4分の3を切り取っても元に戻る能力を持っています。ウイルスが感染して肝臓の細胞が障害を受けても、すぐに新しい肝細胞が再生して機能を維持することができます。肝臓に障害があっても、その大きな予備能力と旺盛な再生力のため、なかなか症状として現れてこないという特徴があり、これが「沈黙の臓器」といわれるゆえんです。
そんな力強い肝臓も、障害が長く持続してくると次第に機能が低下(肝機能低下)し、からだ全体に影響が出てきます。栄養の代謝機能や解毒機能が低下すると、
「だるくてたまらない」、「食欲がでない」、「吐き気がする」といった症状がでてきます。表面にはっきりと出てくる症状には「黄疸」があり、これは胆汁の分泌や排泄の異常により発生します。黄疸は、白目や皮膚が黄色くなるほか、便が白っぽくなる、尿がしょう油のように濃い色になるのでわかります。さらに、手のひらが赤くなる(手掌紅斑)、皮膚に赤い斑点が出る(くも状血管腫)、よくこむら返りが起こる、からだがかゆい、お酒がまずくなって弱くなる、というような症状が現われてきたら慢性的な肝臓の病気が心配されます。
【ウイルス性肝炎は肝炎ウイルスが感染して発病する】
肝炎とは肝臓に起こる炎症のことを指します。肝炎を起こす原因としてはウイルス、アルコール、薬物などがあり、この他に自己免疫や胆道疾患による肝炎もあります。ウイルス性肝炎は肝臓に肝炎ウイルスが住み着くことによって発症し、日本人の肝臓病の約80%はウイルスによって引き起こされています。
ウイルス性肝炎を引き起こす肝炎ウイルスには、A、B、C、D、E型の5種類が代表的ですが、肝硬変や肝臓がんといった重い肝臓疾病への移行していくのはB型肝炎とC型肝炎です。この2つは感染後の経過に違いがあります。
1)B型肝炎ウイルスの感染様式には、成人が性行為などにより感染して急性肝炎を発症する場合と、出産時に母子間で成立する持続感染状態(キャリア)の2種類があります。
成人での感染では、数%に劇症肝炎が見られますがほとんどはウイルスは排除され肝炎は沈静化します。そして感染後約6ヶ月でHBs抗体が出現することで、終生免疫を獲得し肝炎は治癒します。
一方、日本でのキャリアのほとんどが母子間垂直感染です。母親がe抗原陽性例では高率にキャリア化します。B型肝炎ウイルスのキャリアは、感染早期の10〜20歳代までの若年齢では宿主の免疫応答が乏しい(免疫寛容)ためウイルス量が多いにもかかわらず肝炎の起きていない状態で推移します。e抗原陽性、e抗体陰性、血中HBV−DNAおよびDNAポリメラーゼは高値で、これがヘルシーキャリアと呼ばれる時期です。
20歳後半から30歳前半にかけHBV感染肝細胞はリンパ球の標的にされ肝臓に炎症が生じます。この肝炎は一過性の終わり、e抗原陽性の陰性化、さらにe抗体の陽性化をみます。これがeセロコンバージョンと呼ばれる重要な現象です。
e抗原の産生が停止するとB型肝炎ウイルスの産生も著しく低下し、多くの例で肝障害はほぼ終焉します。全B型肝炎ウイルスキャリアの80〜90%はこのような良好な経過をたどり、特に治療に必要はありません。eセロコンバージョンは35歳を過ぎると自然には起きにくく、ALT(GPT)の変動が激しく肝硬変への移行が危惧される場合は、積極的な治療の対象となります。HBVキャリアの10%が肝硬変へ4%が肝細胞癌が発生すると推定されています。
2)C型肝炎ウイルスに感染すると、多くの場合、程度の差はありますが、肝臓に急性の炎症が起こります(急性肝炎)が、約2割の患者さんは体の治癒力がうまく働いてウイルスが排除され、急性肝炎の段階で治癒してしまいます。この場合にはがんの危険性はありません。しかし、7〜8割の患者さんはウイルスを除去できなくて慢性化し、慢性肝炎、肝硬変に進行します。肝硬変になると肝臓がんを発病する可能性が高くなります。C型肝炎の場合、感染してから30年以上経過してから発がんすることが多く、C型慢性肝炎からの肝発がん率は年1〜2%、C型肝硬変からのそれは6〜7%といわれています。
B型やC型の慢性肝炎は、肝炎ウイルスの感染によって引き起こされるのですが、ウイルス自体が肝臓に直接攻撃を加えて、GOTやGPTが上昇するわけではありません。肝炎ウイルスは人間に感染すると、肝臓の細胞に侵入し、肝細胞を利用して増殖していきます。これに対して、生体側は「細胞障害性T細胞(CTL)」というリンパ球がウイルス感染細胞を認識して、ウイルスが感染した肝細胞を細胞ごと攻撃するのです。この免疫細胞による攻撃によって細胞が壊れ、細胞の中にあったGOTやGPTが血中に漏れ出て、GOTやGPTの測定値が高くなるというわけです。細胞が壊れるとさらに炎症反応が起こって、次第に線維化が進行し、慢性肝炎から肝硬変へと進行していきます.
【肝臓の炎症ががんの原因となる】
ウイルス性肝炎を背景にしていてもB型とC型ではがんの発症のしかたに違いがあります。B型肝炎ウイルス感染では、肝線維化があまり進んでいない時期から、肝線維化が進んで肝硬変の状態になった時期まで、肝病態のどの時期からでも発がんが起こります。B型肝炎ウイルスはDNAウイルスであり、ウイルスDNAが肝細胞のDNAに組み込まれるため遺伝子の変異が起こりやすいからと考えられます。
一方、C型肝炎ウイルスはRNAウイルスで遺伝子への組み込みは起こりません。C型肝炎ウイルスに感染すると、ウイルスが肝臓に住み着きます。そのため、肝臓では慢性的な炎症が起こり、細胞の壊死と再生がくり返されます。炎症細胞から放出されるフリーラジカルは遺伝子を傷つけ、細胞の増殖はがんの進展を促進します。C型肝炎の場合、持続的な炎症に伴う慢性肝炎から肝硬変への連続的な進展に伴い発がんの危険性が高まるのです。 C型肝炎ウイルス感染では、肝発がんの頻度は肝線維化の程度に比例しています。肝の線維化は肝臓における炎症反応の結果として起こり、肝線維化の進展は肝細胞の障害と炎症反応の持続を意味しています。炎症が強ければ強いほど、慢性肝炎から肝硬変への移行も早まり、がんの発生も促進されることになります。しかし、肝細胞の障害を意味するトランスアミナーゼ(GOT,GPT)の数値を低い状態に長く保てば、ウイルス排除の有無にかかわらず発がん率の著明な低下がみられることが報告されています。したがって、ウイルス性肝炎になったからといって、必ずがんになるわけではなく、肝臓の炎症を抑え、解毒能や新陳代謝を良くして治癒力を高めておけば、がんの発生を予防することも可能です。
【ウイルス性肝炎治療の戦略とはウイルスの排除と病気の進行を抑えること】
慢性肝炎の治療はウイルスの排除と病気の進行を抑えることを目的としており、以下のような治療法が中心になります。
1)ウイルスの排除
ウイルスを排除する効果のあるのはインターフェロンです。インターフェロンが使われるようになり、多くの人がその恩恵に浴していますが、全ての患者さんに有効というわけではありません。今のところ、インターフェロンが有効なのは全体の40%程度だと言われています。効果があるかどうかは、ウイルスの量やタイプや肝炎の進行状態によって左右されます。
抗ウイルス薬として、B型肝炎に対してラミブジン、C型肝炎に対してリバビリンという薬が使用されます。これらはインターフェロンと併用することによりウイルスを排除する効果が高まります。
2)抗炎症薬、肝細胞保護薬
肝臓の炎症を抑える抗炎症剤、肝細胞の障害を防ぎ細胞を保護する薬、肝臓全体の機能を高める薬などを使って、肝細胞の破壊を抑え、病気の進展を遅らせることができます。
西洋薬としては、グリチルリチン製剤(強力ネオミノファーゲンシー)や胆汁酸の一成分であるウルソデオキシコール酸(ウルソ)が肝炎治療として使われます。
グリチルリチンにはステロイド様作用、抗炎症作用、抗アレルギー作用などがあり、特に肝機能改善薬として広く用いられています。
ウルソデオキシコール酸には肝細胞を保護する作用(肝細胞保護作用)や胆汁酸の排泄を促進する作用(利胆作用)があります。ウルソは活性化したT細胞を減少させたり、免疫応答と深くかかわっているサイトカインとよばれる生理活性物質や免疫グロブリンという蛋白の産生を抑制する作用も報告されています。、C型肝炎による肝障害の別の機序として、「アポトーシス」という機序がありますが、ウルソがアポトーシスを抑制するという報告もあります。
肝臓の炎症によって肝細胞が障害されると、GOTやGPTという肝細胞内の酵素が血液の中に流出します。血中のGOT,GPT濃度を指標にした臨床研究の結果、グリチルリチン製剤やウルソデオキシコール酸を使うとGOT,GPTが低下することが明らかになっています。
3)免疫能の調整
肝炎は、ウイルスに感染した肝細胞をリンパ球が攻撃することによって発生します。免疫反応を調整して炎症を抑える薬で、肝細胞の破壊を食い止めることができます。
【西洋医学の肝がん治療はモグラたたき的発想が主】
近年の画像診断や腫瘍マーカーによる診断能の向上によって、小さい肝臓がんの発見も可能となり、また治療法も進歩しています。
肝臓がんが見つかった場合、がんの完全な切除が可能で、かつ手術に耐えられるだけの肝臓の機能が残っている場合には外科的治療が行なわれます。しかし、慢性肝炎や肝硬変を経て肝臓がんになった場合には、がんを取り除いても、残った肝臓にがんが再発する可能性が高いのが実情です。従って、再発するたびに手術を行うのは患者さんにとって非常に大きな負担になります。そのため、がんが小さい場合には、できる限り内科的局所治療が行われます。
内科的局所治療とは、超音波による映像でがんの位置を確認しながら、体外から直接がん組織に特殊な針を刺し、エタノールを注入してがん細胞を凝固させたり、マイクロ波やラジオ波でがんを焼いて殺す治療法です。大きながんの場合には、がん組織を養っている肝動脈にカテーテル(細い管)を挿入して、抗がん剤を持続的に注入してがんを殺す方法もあります。
これらの治療によりがん組織だけをねらい撃ちしながら時間稼ぎをすれば、肝臓がんで死ぬまでの期間を延長させることはできます。小さな肝臓がんを見つける画像診断と、がんに狙いを定めてがん組織をつぶす内科的局所治療の進歩により、肝臓がんでも延命できるようになりました。しかし、これらの方法はがんが見つかるのを待って、出てきたらつぶすという「モグラたたき」の発想です。
肝炎ウイルスの持続感染によって肝臓がんが発生するような状況では、肝臓自体が既にがんを発生しやすい状態にあるため、再発を繰り返して根治は難しいのが実情です。がんの早期発見と治療の繰り返しでは限界があり、発がん自体を抑制する予防法の確立が最も重要となります。
肝臓の炎症を抑え、抗酸化力を高めて肝臓の酸化障害を抑え、さらに微小循環を改善したり、がん細胞の増殖を遅くするような薬を利用すれば、がんの発生や再発が予防できるのですが、西洋医学には適当なものがありません。この戦略においては、漢方治療や代替医療の中に有効な方法があります。
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