人類は数百万年という長い歴史の中で、身の周りの植物・動物・鉱物などの天然産物から、病気を治してくれる数多くの「薬」を見つけ、その知識を伝承する努力を続けてきました。このような自然界から採取された「薬」になるものを、利用しやすく保存や運搬にも便利な形に加工したものを生薬と言います。高度に加工・精製されたものや、その成分だけを抽出したようなものは、生薬とは言いません。
生薬の多くは植物性で食品として使われているものもあります。例えば、ショウガの根は漢方では生姜(しょうきょう)といい、食品としてもポピュラーですが、漢方では胃腸機能を整えたり体を温める目的で使用します。杏仁(きょうにん)はアンズの種子で咳止めに使用されますが、中華料理のデザートでおなじみの杏仁豆腐(あんにんどうふ)のように食べ物としても使用されます。ニッケイ類の樹皮は桂皮(けいひ)といい、シナモンと同じもので甘味をひきたてる香りを利用してお菓子に使われたり、紅茶やコーヒーに入れられたりしています。漢方では体を温めたり血行を良くする目的で使用されます。
動物や鉱物のものもあります。牛やろばの皮から作ったニカワを阿膠(あきょう)といいゼラチンが主成分ですが止血作用や造血作用があります。貝のカキの貝殻を牡蠣(ぼれい)といい、大形の動物の骨の化石を竜骨(りゅうこつ)といい、この2つはカルシウムが主成分で鎮静効果が知られています。天然の含水ナトリウムは芒硝(ぼうしょう)といい下剤として使われ、石膏は熱を発散させて解熱させる作用があります。
加工の基本は乾燥であり、乾燥によりカビや虫害や腐敗を防ぐことができます。刻み・粉砕などによって煎じるときに成分が抽出しやすくするような加工も行われます。蒸したり加熱する調製法は成分の変化を起こして薬効が変化したり副作用が軽減したりする作用もあります。例えば、ショウガの生の根茎を、そのまま乾燥させたものを生姜(ショウキョウ)といい、蒸してから乾燥したものを乾姜(カンキョウ)と呼んで区別し、両者の間には薬効上差異があって漢方では使い分けられています。生姜も乾姜も身体を温める生薬ですが、一般的に、食欲増進や消化機能の改善の目的には生姜(ショウキョウ)を用い、体の中を温め、身体の機能低下と低体温を回復させる目的には乾姜(カンキョウ)を用います。蒸したり加熱すると成分に化学変化が起こり、新しい物質が生成したり含量が変化します。このような成分の変化が生姜や乾姜の薬効の差と関連している可能性が報告されています。加工による薬効の変化は経験的に得られた知識ですが、科学的にも成分の質や量の変化ということで説明が可能です。
日本薬局方という薬の規格書があります。これは、医療に使われる重要な医薬品の性状や品質の適正化をはかるために厚生大臣によって定められた規格書で、現在これには百種類以上の生薬が収載されています。日本薬局方に収載されていない繁用生薬83品目についても日本薬局方外生薬規格を公表しており、日本で流通している生薬の多くは、その性状や品質は管理されていますから、安全に使用できます。それらの多くは保険診療を行っている医療機関であれば、医療保険を使って処方してもらうこともできます。
現在、日本の漢方医家の使用している生薬の種類は120〜150種止まりですが、中国の大学病院などでの常用生薬は500〜600種といわれ、最近の中薬学書、例えば「中葯大辞典」に収載されている生薬は五千種以上に及んでいます。