第2章:食生活を変えてがん再発を予防する方法:野菜・果物・大豆・魚

 1.肉食を止めて野菜を多くとる食生活はがん再発予防の基本

     【概要】
      【野菜はがん再発を予防する】
     【がん再発はがん細胞増殖の促進因子と抑制因子のバランスで決まる】
     【「がんが発生しにくい体づくり」ががん再発予防の基本】
     【メモ:完全な菜食主義には問題もある?】
     【メモ:野菜の質と農薬汚染にも注意】

【概要】

 日頃から、肉や動物性脂肪が多く野菜の量が少ない食生活を送っている人は、まず肉を減らして、新鮮な野菜や果物や豆類など植物性食品の豊富な食事内容に切り替えます
 
牛肉、羊肉、豚肉などの赤身の肉は極力避けて、蛋白源は大豆製品と魚にし、四季を通じて旬の野菜や果物が豊富な食事をします。がんの1次予防の段階では、赤身の肉は「控えめ」、「1日80g以下に抑える(米国がん研究財団からの勧告)」、などの表現になっています。しかし、一旦がんになってその再発予防を目的とする場合には、がんの増殖を促進する可能性のあるものは極力減らす努力が必要です。牛肉などの赤身の肉はがん細胞の増殖を促進する働きがあり、野菜や果物はがんの増殖や悪性化の進行を抑える働きがあります。

【野菜はがん再発を予防する】

 野菜の摂取とがんの予後を調べた報告があります。ハワイ大学のグッドマン博士たちが675人の肺がん患者の食事と生存期間の関係を6年以上にわたって調べた結果、より野菜を食べているものは平均33ヶ月生きたのに、野菜嫌いの患者は18ヶ月の生存期間であったと報告しています。また、ブリティッシュコロンビア大学のフォスター博士ががんの自然退縮(消えて無くなること)した200人を調べたところ87 %は根本的に食事を大きく変えていて、その食事はほとんど菜食主義的な食事をしていたと報告しています。
 昔から、野菜は血液をきれいに保ち、動物性食品(肉)は血を汚くすると信じられてきました。実際、
野菜の中には抗酸化物質や血小板凝集抑制作用を有する成分が多く含まれているため、野菜の摂取は血液の循環を改善し、新陳代謝や免疫力を向上し、治癒力を増強されることも期待でき、結果としてがんの再発予防や治療の効果を高めることができます

【がん再発はがん細胞増殖の促進因子と抑制因子のバランスで決まる】

 がんは細胞の遺伝子の異常によって発生します。遺伝子の本体であるDNAにキズ(変異)をつける物質(発がん物質)をイニシエーターといい、細胞のがん化を促進する要因をプロモーターといいます。一個のがん細胞が発生しても目にみえませんし、体になんの害も及ぼしません。免疫力が十分働いておれば、がん細胞が増えて大きくなることはありませんが、老化やストレスなどによって免疫力が低下したり、がん細胞の増殖を促進するような要因が強く作用したりするとがんが発育していきます。
 タバコの煙りには発がん物質が多く含まれていて遺伝子の変異を助長します。炎症があると活性酸素などのフリーラジカルが発生して遺伝子の変異や細胞の増殖が促進されてがん細胞の発育が速められます。脂肪を多く取ると胆汁が多く出てそれが腸内細菌で変化してがん細胞の増殖を速める物質(プロモーター)になります。
 がん細胞は増殖していく過程で次第に多くの遺伝子変異を獲得し、増殖速度も早くなり、転移などを起こすような悪性度の高いがん細胞に変化していきます。これをがんの
プログレッション(進展)といいます。このように、イニシエーション、プロモーション、プログレッションというがんの発育段階は遺伝子変異の蓄積の結果として起こり、これを「多段階発がん」といっています(図6)。


 図6:多段階発がん。DNAの異常(変異)の蓄積と、がん細胞の増殖を促進するプロモーターの作用によって、がんは徐々に悪性度を増していく

 発がん過程の初期(イニシエーションとプロモーションの段階)では、がん細胞はまだ一人前ではなく、がん化を促進するプロモーターの作用を止めたり、発がん抑制物質を多く取ると自然と無くなったり正常な細胞に戻すことができます。これががんの第1次予防の原理です。ところが、
がんの治療を行ったあと残っている可能性のあるがん細胞は既に転移する能力をもった一人前のがん細胞ですので、もはや正常な細胞に戻すことはできませんし、がんの1次予防の戦略では十分な効果を得ることはできません。
 転移したがん細胞の再発を抑えるためには、残っているがん細胞を完全に取り除くか、増殖しないようにすることです。がん治療後に抗がん剤や放射線照射を行うのはがん細胞を完全に殺してしまうのが目的です。残存がん細胞の増殖は、増殖を促進する因子と抑制する因子のバランスで決まります(図7)。体の免疫力や抗酸化力を高めたり、炎症やフリーラジカルの害を抑えるような薬剤を用いれば、残存したがん細胞の増殖を抑えて再発を遅らせたり防ぐことができます。がん細胞が少数であれば、免疫力を高めてやれば免疫細胞が残っているがん細胞を殺してくれます。肉や動物性脂肪を減らすことはがん細胞の増殖を促進する原因を減らすことになり、野菜や果物はがん細胞の増殖を抑え、免疫力を高めることになるから、再発予防につながるのです。


図7:がんの再発は残存したがん細胞の増殖を抑制する因子と促進する因子のバランスで決まる

【「がんが発生しにくい体づくり」ががん再発予防の基本】

 食生活や生活習慣ががんの予防において重要であることは多くの研究により支持されています。
そこで、がんの種類に応じて、どのような食事や生活習慣が予防効果があるかを、人間を対象にした臨床試験や疫学的手法などで研究されています。
 
臨床試験では、試験に参加する人たちを無作為に2つのグループに分けて、ある食品を投与した場合と投与しなかった場合とでがんの発生率を比較します。疫学的研究ではそれぞれの人の状況(食生活や生活習慣など)を調査して、がんの発生と関係のある要因を統計的手法で探し出します。多くの研究結果が報告されていますが、それぞれの結果には矛盾するものや結論の得られないものも多くあります。
 例えば、野菜や果物を多く食べることは乳がんの予防に効果があるという報告がある反面、全く関連性はないという報告もあります。お茶や食物繊維など過去の研究でがん予防効果が推測されていたものが、最近の研究でそれらのがん予防効果を疑問視する結果も報告されています。
 臨床試験や疫学的研究の結果は動物実験や試験管レベルの結果より、より信憑性があると考えられます。しかし、がんの発生には多くの促進因子と抑制因子が複雑に関与しているため、たとえがん予防効果がある食品でも効果が弱ければ、人の疫学や臨床試験で関連性を証明することは困難と言わざるを得ません。
特効薬のような効果の高いものを追求する西洋医学の考え方では、弱い効果の積み重ねが有効な場合を無視する傾向にあります
 分析的研究を行うため、食品ではなく精製した成分を使ってがん予防効果を検討することも間違った結果を導き出すことがあります。ある食品の効果を一つの成分で代表させるような方法はより「分析的」で「科学的」な研究と捉えられますが、がん予防の研究では必ずしも正しい方法ではないようです。
 西洋医学の研究者はある一つの食品で特定のがんを予防するという要素還元的な考えが強いようです。それは科学的な研究というのが分析的手法でなければならないと考えるからです。しかし、がんは全身病であって、体全体をがんが発生しないようにするのが、がん予防の基本です。乳がんの治療後に乳がんの発生を予防する効果のあるものだけを行って、大腸がんや肺がんの発生には全く気をつけないというのでは真の再発予防とは言えません。
 「乳がんの発生と野菜・果物の摂取とは関連性がない」という疫学結果が出たから、乳がんの患者さんが「野菜を取ることは再発予防には貢献しないから食べない」と考えると、これはがん予防法の原則から反します。がん全体を予防するマクロな視点が、再発予防の戦略として大切です。そのためには、
「がんが発生しにくい体を作る」ためには何をすれば良いかを考えるべきです。

【メモ:完全な菜食主義には問題もある?】

 がんの治療や予防では、動物性の食品を完全に断つような食事療法もあります。一般論としては肉や動物性脂肪を控えるのは、がんの予防において正しいのですが、完全な菜食主義にすると一部の栄養素の不足を招く危険もあります
 例えば、
L-カルニチンは細胞内における脂質の代謝に不可欠で、不足するとミトコンドリアでの脂肪酸の燃焼が障害されて、細胞におけるエネルギー産生が障害されてしまいます。脂肪酸はL-カルニチンが結合しないとミトコンドリアの中に入ることができないからです。不足すると倦怠感や抑うつの症状がでてきます。
 食事性カルニチンの主な供給源は肉類と乳製品であり、穀類、果物、野菜にはほとんど含まれていません。L-カルニチンはヒトの体内で合成されますが、カルニチンの合成には2つの必須アミノ酸(リジン、メチオニン)、3つのビタミン(ビタミンC、ナイアシン、ビタミンB6)、還元型鉄イオンが必要で、これらの栄養素の一つでも不足すればカルニチンは不足することになります。
 抗がん剤治療中には、腸粘膜の障害で食事性カルニチンの吸収が低下し、肝臓や腎臓機能のダメージで体内での合成が低下し、尿中の排泄も増えることが指摘されています。
抗がん剤治療中をはじめ、がん患者が訴える倦怠感や体力低下に、体内でのL-カルニチンの不足の関与が指摘されています。カルニチンの不足は脳でのエネルギーの枯渇を引き起こし、抑うつ気分や思考力の低下の原因にもなります。
 L-カルニチンは抗がん剤治療の倦怠感や抑うつを改善し、組織や臓器の障害を軽減する効果が報告されています。がんの代替医療では菜食主義を徹底する治療法もありますが、抗がん剤の投与を受けている場合は、肉や乳製品を完全に排除する食事はカルニチンの不足を引き起こす可能性があります。
 肉を断ってL-カルニチンをサプリメントで補うという方法もありますが、あまり極端な菜食主義は他の栄養素の不足も引き起こす可能性があります。
栄養素の不足は治癒力や免疫力の低下の原因にもなります。バランスの良い食事が大切で、動物性の食品を完全に断つのは弊害もあると思います。

【メモ:野菜の質と農薬汚染にも注意】

 化学肥料や農薬の使用により、私たちが食べている野菜にはビタミンや必須ミネラルが非常に減少していることが明らかになってきました。残留農薬やダイオキシンによる野菜の汚染も問題になっています。中国産のホウレンソウやエリンギや枝豆など多くの野菜から基準値を超える残留農薬が検出されて問題になったことがあります。ゴミ焼却場などから排出されるダイオキシンに汚染された野菜がスーパーから閉め出される騒動も記憶に新しいところです。
 さらに、環境汚染による重金属(有害ミネラル)が食物に蓄積し、食物連鎖の最後に位置する私たちの体に蓄積していることも明らかになっています。野菜が必要とする水、空気、土壌が汚染されていれば、やはり野菜も汚染されます。有害物質によって土壌が汚染されていることを土壌汚染と言っています。土壌汚染において鉛やヒ素などの重金属汚染はダイオキシンや農薬以上に深刻な問題となっています。
 車の交通量の多い道路の近くの畑では、排気ガスによる鉛が土壌に堆積して、そこに育った野菜の鉛の含有量が増える可能性があります。砒素は土壌や地下水に含まれており、井戸水や産業廃棄物や残留農薬・除草剤などが汚染源となって土壌の砒素含有量が増えています。大気汚染が生み出す酸性雨によって土壌が酸性化され、必須ミネラルであるカルシウムやマグネシウムが流れ出して失われ、有害ミネラルのアルミニウムが溶け出しています。このように大気汚染や産業廃棄物の影響によって、土壌汚染が進むことによって、野菜は有害ミネラルが増加しているという指摘も深刻になっています。砒素や農薬やダイオキシンには発がん性も指摘されていますので、これからは、有害な物質に汚染されていない、品質の確かな野菜を選ぶことも、がん予防においては大切かもしれません。


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