第2章:食生活を変えてがん再発を予防する方法:野菜・果物・大豆・魚

 6.ニンニクやその仲間(ニラ、ネギ、ラッキョウなど)のニオイの成分にがん予防効果がある。

     【概要】
     【Allium(アリウム)属の野菜は昔から薬用に使用されている】
     【ニンニクはがん予防のデザイナーフーズのトップ】
     【イオウ化合物にがん予防効果が報告】     
     【臭いのないS-アリルシステインにもがん予防効果が報告されている】
     【ニンニクは抗酸化力を高めるセレニウムを多く含む】
     【メモ:ニンニクは古代よりがんや感染症の治療に使われてきた】

【概要】

 適量のニンニクを常食するとがんを初め多くの疾病を予防治療する効果があります。発がんのイニシエーションおよびプロモーションの両方の過程を阻害することが多くの実験系で示されており、アメリカのデザイナーフーズ・プログラムにおいては、がん予防に重要な食物の頂点に位置されています。ニンニクの仲間(Allium属の食用植物)にニラ、ネギ、ラッキョウ、アサツキなどがあります。これらに共通しているのは、豊富なイオウ化合物を含んでいて、酵素の作用で分解して臭気成分や薬理成分を生成することで、これらの成分の中からがん予防物質が多く見つかっています。中国の疫学調査によると、これらの野菜を多く食べている地域の住民は、そうでない地域と比べて胃がんと食道がんの発生率が3分の1以下であることが報告されています。

【Allium(アリウム)属の野菜は昔から薬用に使用されている】

 Alliumというのはガーリック(Garlic)の古いラテン名で、語源は「匂い」という意味の alereまたはhaliumだそうです。Allium属というのはユリ科ネギ属の植物の総称で、観賞用や食用など多くの種類があります。食用としては、ニンニク、ニラ、ラッキョウ、ネギ、タマネギ、アサツキなどの野菜があります。ハーブの「チャイブ」も、この仲間です。
 ニンニクやネギなどのアリウム属の野菜はスタミナ食品として人気があり、昔から薬用としても使用されています。中国では、ニンニクは大蒜(たいさん)、ニラは韮菜(きゅうさい)、ラッキョウは薤白(がいはく)、ネギは葱白(ソウハク)というそれぞれの生薬名で、漢方薬に使用されています。これらは、体を温め血行を促進し、殺菌作用や滋養強壮作用などがあります。
 これらのアリウム属の生薬や野菜の効能は、これらに含まれるニオイの成分が関わっています。ニンニクの細胞内には
アリインという無臭の成分が含まれています。ニンニクを切ったり、すりおろしたりすると同じくニンニクに含まれているアリナーゼという酵素の作用によってアリインが強いニオイを発するアリシンという成分に変化します。 
 アリシン(allyl 2-propenethiosulfinate)の正体は揮発性のイオウ化合物で、アリシンはビタミンB1と結合して、アリチアミンという物質に変化します。アリチアミンは活性持続型ビタミンとも呼ばれ、効率よく体内に吸収され新陳代謝を活発にし、エネルギーの生産力を高め、体力増強や抗疲労効果など様々な効果を発揮します。 さらに、 アリシンには各種のバクテリアやカビに対し強い抗菌活性を持っています。
 
Allium属のニオイの成分には血小板凝集阻害作用があり、シクロオキシゲナーゼ阻害作用などアラキドン酸代謝系に作用することが報告されています。例えば、ラッキョウ(生薬名:薤白)は、血小板凝集阻害作用や腹部を温め血行を良くする作用があり、狭心症などの心疾患に用いる漢方処方にも使用されています。
 さらに、Allium属野菜は、発がん過程のイニシエーションおよびプロモーションの両方の過程を阻害することが多くの実験系で示されており、がん予防効果が注目されています。
(注意:
ニンニクは血小板凝集阻害作用があるため、摂取しすぎると、血が固まりにくくなる可能性があります。したがって、手術前や抗がん剤治療中は、ニンニクの取り過ぎには注意が必要です

【ニンニクはがん予防のデザイナーフーズのトップ】

  食事によるがん予防を目的としたプロジェクトにアメリカのデザイナーフーズ・プログラムがあります。デザイナーフーズとは、がんの予防を目的としてデザイン(設計)された食品ということです。
 アメリカ国立がん研究所を中心として、がんの予防に対して食品がどのような機能を果たすのかを科学的に解明することを目的に1990年にスタートしました。主として植物性食品に焦点をあてた研究が進められ、これまでがん予防に有効として40種類の野菜、果物、香辛料が発表され、その頂点に位置づけられたのがニンニクでした(図15)。



図15:がん予防効果を持つ可能性のある食品および食品成分。ニンニクはキャベツ、大豆、生姜などとならんで、がん予防食品のトップに位置付けられている。

 ニンニクにがんの予防効果が期待される背景には、アメリカで行われてきた疫学研究の成果があります。疫学とは、集団中に頻発する病気の発生について生活環境との関係から考察するというもので、1989年にアメリカ国立がん研究所と北京がん研究所との共同研究によりニンニクとがん発生に関する疫学データが示されました。中国山東省で実施された調査の結果、
ニンニクの摂取量が増加すると胃がん発生のリスクが減少することが明らかにされました。
 1999年の日本と中国の共同研究では、胃がんと食道がんの発生頻度が最も高い地域の一つである中国の江蘇省(Jiangsu province)の揚中市(Yangzhong city)で、これらのがんの発生率とニンニクやタマネギなどのアリウム属や野菜の摂取量の関係を調査されています。アリウム属の野菜を週に1回以上食べている人は、月に1回以下の人に比べて、胃がんや食道がんの発生は3分の1程度であったと報告されています。ニンニクの摂取が多いと大腸がんの罹患率が低いことも報告されています。こうした疫学調査に加え科学的な成分研究の結果、ニンニクなどAllium属の野菜に含まれる成分にがんの発生や増殖を抑制する作用のあることが明らかになっています。

【イオウ化合物にがん予防効果が報告】

 ニンニクやその仲間(ニラ、ネギ、ラッキョウ、アサツキなど)の野菜に共通しているのは、豊富なイオウ化合物を含んでいて、酵素の作用で分解して臭気成分や薬理成分を生成することで、これらの成分の中からがん予防物質が数多く見つかっています。例えば、ジアリルスルフィド、アリメチルスルフィドなどのイオウ化合物に、発がん物質を不活性化する酵素や、体外に排出する解毒作用を促進する作用が報告されています。
 動物を用いた発がん実験では、いろんながんの発生予防効果が報告されています。例えば、発がん物質である4-nitroquinoline 1-oxide (4NQO)をオスのラットに投与して舌がんを発生させる実験で、ニンニク (250 mg/kg, 経口, 週3回)を摂取したラットは、発がんのイニシエーションとプロモーションの両方の過程が抑制されました。腫瘍組織内の、抗酸化酵素(グルタチオン・ペルオキシダーゼやグルタチオン・S・トランスフェラーゼ )や抗酸化物質(還元型グルタチオン)の組織内濃度が増えており、脂質の酸化が抑制されていたため、ニンニク成分は抗酸化力を高めることによって、発がん過程を抑制することが示唆されています。
 さらに、これらのイオウ化合物が、細胞内のシグナル伝達機構に作用して、がん細胞の増殖を抑制し、細胞死(アポトーシス)を誘導するなどの作用も報告されています。
 ニンニクのがん予防効果はアリナーゼという酵素の働きによって産生されるニオイの成分にあるため、このニオイの成分ができる前に加熱処理してアリナーゼの働きを壊してしまうと、がん予防の効果が無くなります。ニンニクを丸ごと電子レンジで60秒、オーブンで45分間加熱すると もはやアリナーゼは不活化するため、食べてもがん予防効果は全く期待できないようです。ニンニクを潰したあとに10分間置いた後なら加熱してもがん予防効果は残るという実験もあります。

【臭いのないS-アリルシステインにもがん予防効果が報告されている】

 抗がん作用を持つ成分としては、臭いのある脂溶性イオウ化合物が主に研究されてきましたが、発がん予防効果にはアリル基の存在が重要であり、臭いのない水溶性イオウ化合物にもがん予防効果が示されています。
 1844年に、ドイツのWertheimがガーリックオイルの化学分析によって見い出した構造式
[CH2=CH-CH2-]にニンニクの学名の一部のAlliumをとって「
Allyl基」と命名し、ガーリックオイルの揮発性物質を「Schwefelallyl (S-allyl)」と名付けました。Schwefelはイオウのことで、アリル基とイオウを含む揮発性成分が臭いの原因として同定されたのです。
 ニンニクの活性成分の本体は、生ニンニクを破砕することによりアイリンから生ずるアリシンであると、多くの書物に記載されています。しかし、アリシンは非常に不安定で、血液中では検出されないことなどから、ニンニクの薬理作用がアリシンに帰結するという考え方については疑問もでてきています。アリシンそのものは強い抗菌作用を有し、直接的な外用的用途においては有用であると考えられますが、アリシンを経口的に服用した場合の、アリシンの薬理作用や生体内吸収率、体内動態は明らかになっていないのが現状です。
 がん予防の分野でも、臭いのないニンニクにはがん予防効果はないと考えられてきましたが、臭いのない水溶性含硫アミノ酸である
S-アリル-システインなどにも強いがん予防活性が見つかっています。このS-アリルシステインは、ニンニクを熟成させることによって新たに生成される成分です。
 ニンニクを熟成させることによって臭いの原因となる揮発性のイオウ化合物が減るため、ニンニク特有の不快臭が全く無くなることが大きな特徴です。そして、ポリフェノール類の含量が増え、生ニンニクには存在しないS-アリルシステインという水溶性含硫アミノ酸が生成します。その結果、抗酸化力は、原料となる生ニンニクに比べて10倍以上に上昇し、がん予防、コレステロール低下、動脈硬化改善、心疾患予防などの効果が生ニンニクよりも増強することが報告されています。この熟成して黒くなったニンニクは「黒ニンニク」や「熟成ニンニク」などの名前でスーパーや健康食品店で販売されるようになりました。(黒ニンニクの詳細はこちらへ

【ニンニクは抗酸化力を高めるセレニウムを多く含む】

 セレニウム(またはセレン)は、肝臓で合成される抗酸化酵素であるグルタチオン・ペルオキシダーゼの主要な成分であるため、抗がん作用のあるミネラルとして話題になっています。土壌中のセレニウム濃度が高い地域ほど がん発生率が少ないという研究がアメリカから発表されていて、その理由としてセレニウム濃度が高い地域に育つ農作物を食べる住民は、血中セレニウム濃度も高くなるためがんの発生が少ないのではないかと推測されています。ニンニクにはセレニウム化合物が含まれていて、それによる発がん予防効果も報告されています。
 ニンニクに含まれるセレニウム化合物のGamma-glutamyl-Se-methylselenocysteine (GGMSC)は、以前からがん予防物質として報告されているSe-methylselenocysteine (MSC)と同様に、強力ながん予防効果があることが最近報告されています。
GGMSCは経口摂取で体内に良く吸収され、尿中に排泄され、長期に投与するとMSCの場合と同様に、組織にセレニウムが蓄積していました。GGMSC やMSCの投与は、発がん剤を投与したラットのがんの発生を抑制し、GGMSC やMSCががん細胞のアポトーシスを引き起こすという報告があります。さらに、ニンニクに多く含まれるセレニウム化合物には血管新生阻害作用も報告されています。
 このように、
ニンニクに豊富に含まれるセレンおよびセレニウム化合物も、抗酸化力や抗がん作用を高める成分として重要です。

【メモ:ニンニクは古代よりがんや感染症の治療に使われてきた】

 パピルスに書かれた紀元前約1550年のエジプトの医薬品古文書『Codex Ebers』には、高血圧症、頭痛、虫刺され、寄生虫、腫瘍など、様々な病気の効果的な治療薬としてニンニクが取り上げられています。インドでは数千年来、ニンニクをハンセン病やがんの治療に使っていました。古代ギリシャの医者ヒポクラテスも、ニンニクを感染症、がん、ハンセン病、消化器疾患、外傷に使用していました。このように世界中で古くから、感染症やがんなど様々な病気に対する万能薬として利用されてきました。
 第一次世界大戦では、細菌に感染したり、アメーバ赤痢にかかった兵士の治療にニンニクが使われていました。1926年にペニシリンが発見されるまで、抗菌薬としてニンニクが使用されていました。
 このように、ニンニクは様々な効能が広範囲にわたって実証されていますが、特に、感染症、循環器病、がん予防の領域においては優れた効果が証明されています。
 ニンニクは食材としてだけでなく、健康食品(サプリメント)としても世界中で根強い人気があり、米国ではニンニクは健康食品の中で売り上げトップの位置を占めています。この人気の理由は、ニンニクの薬効が人体における使用経験で古くから認められてきたからです


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