第3章:飲み物でがん再発を予防する方法:お茶と乳酸菌飲料
1.緑茶はカテキン類やビタミンCなど抗酸化物質の宝庫
【概要】
【緑茶を習慣的に飲んでいる人たちはがんが少ない】
【緑茶成分は動物の発がん実験でがん発生を抑制する】
【緑茶は抗酸化物質の宝庫】
【緑茶抽出物より茶を飲む習慣が重要】
【お茶の飲みすぎは害もある】
【過度に期待せず、何より生活習慣の改善が大切】
【概要】
疫学や動物実験の多くの研究結果が、お茶のがん予防効果を示しています。お茶の中でも特に緑茶ががん予防に最も効果的で、習慣的に緑茶を飲用するとがんの再発や転移を抑える効果があることも報告されています。1日に5ー10杯程度の緑茶が目安で、食後や休憩時に飲む飲料水として緑茶を選ぶ習慣ががんの再発予防に役立ちます。
【緑茶を習慣的に飲んでいる人たちはがんが少ない】
茶を習慣的に飲んでいる人たちはがんが少ないことが知られています。例えば、緑茶の生産量が一番多い静岡県ではがん死亡率が低く、同じ静岡県内でも、お茶の産地では特に胃がんの死亡率が低いことが報告されています。
埼玉県立がんセンターが埼玉県内の住民を対象に緑茶ががんの発生にどうかかわるかを調査した結果、緑茶を一日10杯以上飲む人は、飲まない人に比べて、がん罹患率全体で1/2、肺がんに関しては1/3にリスクが減少することが明らかとなっています。またがんに罹った人の診断時の年齢を比較すると、緑茶を一日10杯以上飲んでいるグループでは、飲んでいないグループに比較して5年以上がん罹患時年齢が高いことがわかりました。つまり、緑茶飲用によりがん発生が5年以上遅延化することが示されています。この他にも多くの疫学研究により、肺、大腸、肝臓、胃など多くの臓器のがんの発生を遅らせることが報告されています。しかし、お茶のがん予防効果を認めなかったという調査結果もあり、がん予防効果としては弱いものかもしれません。
乳がん患者の手術後の再発と緑茶の摂取量との関係を、愛知がんセンターで治療を受けた1160人の乳がん患者で検討した結果、stage Iの早期のがんの場合には、1日に3杯以上の緑茶を飲んでいる人は、がんの再発が統計的に明らかに抑えられました(43%に抑制)。 stage II の場合も同様に緑茶の飲用によるがん再発予防の効果が示されましたが、より進行したがんでは予防効果は認めなかったそうです。比較的早期のがんの場合には緑茶の習慣的な飲用が再発の予防に効果があると言えそうです。【緑茶成分は動物の発がん実験でがん発生を抑制する】
動物に発がん物質を投与すると、発がん物質の種類に応じて種々のがん(大腸がん、胃がん、皮膚がん、など)を発生させることができます。このような動物発がん実験を用いて、緑茶や緑茶抽出物(茶ポリフェノール)のがん予防効果が検討されています。多くの動物実験において、緑茶や茶ポリフェノール(エピガロカテキンガレート、など)が、発がん物質の作用を打ち消したり(抗イニシエーション作用)、がんの進行を遅らせる(抗プロモーター作用)効果があることが明らかになっています。
最近では、遺伝子を改変してがんを自然に発症するマウス(トランスジェニックマウス)を使った実験でも、緑茶や茶ポリフェノールががんの進行を抑えることが報告されています。例えば、マウス前立腺がんを自然に発病するトランスジェニック・マウスを用いて、緑茶から抽出したポリフェノール成分のがん予防効果が検討されています。ヒトで1日にコップ6杯程度のお茶に相当するポリフェノールを口から摂取させる(経口投与)と、前立腺がんの発症が抑制され生存期間を延ばすことができることが報告されています。茶ポリフェノールはがん細胞にアポトーシス(細胞死)を引き起こし、前立腺がんの発生を遅らせるだけでなく、他の臓器への転移も著明に抑制しました。つまり、緑茶のポリフェノールには、このトランスジェニックマウスの前立腺がんの実験モデルでがんの発生、進展、転移を抑制する効果が示されたのです。その他、皮膚がん、肺がん、胃がんなど多くの発がん実験で緑茶のがん予防効果が報告されています。
緑茶のエピガロカテキンガレートは、他のがん予防物質(非ステロイド性抗炎症剤など)と併用することによって、相乗効果や相加効果によってそれらのがん予防効果を増強することが報告されています。また、培養がん細胞を用いた試験管内の実験では、緑茶のカテキンががん細胞の増殖を抑制することが報告されています。【緑茶は抗酸化物質の宝庫】
活性酸素やフリーラジカルの害を弱めることはがんの発生や進展の予防につながります。緑茶にはカテキン類やビタミンCなど抗酸化作用やラジカル補捉作用を持つ成分を多く含んでいます。
カテキン類はポリフェノールという抗酸化剤の仲間であり、水溶性であることからビタミンCとならんで体液中での抗酸化作用に大きな役割を果たします(図21)。茶ポリフェノールは乾燥茶葉中に約15%含まれ、通常の喫茶一杯で100 mg摂取されるといわれています。したがって一日10杯以上のお茶は、一日1g以上の抗酸化性のポリフェノールを摂取していることになります。
最近はお茶の葉をそのまま食べる食葉の有効性も指摘されています。お茶の葉にはビタミンE,ベータカロチン,食物繊維などがん予防効果のあるものが多く含まれており、これらは熱湯で抽出できないため、単にお茶として飲むより、茶葉をまるごと食べるとそのがん予防効果はさらに上がることが指摘されています。したがって、茶の粉末を用いる抹茶はがん予防にさらに有効と考えられます。
多くの研究は緑茶のポリフェノールのエピガロカテキンガレートのがん予防効果が中心になっていますが、紅茶のポリフェノールのテアフラビン(theaflavins)にもがん予防効果が報告されています。研究によっては、緑茶より紅茶のほうがよりがん予防効果があるという結果もあり、またカフェインにもがん予防効果があるという報告もあります。
図21:茶カテキンの構造
茶カテキンはOH基を多数含むポリフェノールであり、抗酸化作用などの多彩な薬理作用が報告されている。【緑茶抽出物より茶を飲む習慣が重要】
お茶からポリフェノールだけを抽出したものが、がん予防の健康食品として売られています。アメリカでは緑茶抽出物のがん予防効果を検討する臨床試験が行われています。たしかに、緑茶のがん予防効果の多くはエピガロカテキンガレートなどの茶ポリフェノールなのですが、お茶の成分のエピガロカテキンガレートのみを利用するより、お茶の葉全体を利用したほうが、その効果や経済性や安全性などの面から、より有用であるという指摘もあります。
また、豊富ながん予防成分という物質的な側面だけでなく、緑茶のかすかな苦味と微妙な芳香によって飲む人の気分をくつろがせ、リラクセーション効果を持つこともがん予防には関連しているかもしれません。つまり、喫茶が精神的なリラックスやゆとりを生活の中で作り出す手段の一つとして日常生活の中に習慣的に取り入れることも大切です。
お茶が日本に伝来したのは平安時代の初期、西暦800年ごろで、唐に留学していた僧侶たちが持ち帰ってきたのが最初といわれています。当時は嗜好品ではなく、薬として紹介され、広まっていったことが明らかになっています。鎌倉時代に著されたお茶の薬効書『喫茶養生記』には、茶は養生の仙薬(不老長寿の薬)であって、服用することによって寿命を延ばすことができるという薬効が記述されています。現代医学的手法によって緑茶のがん予防効果が近年証明されていますが、緑茶が健康によいことは、長い経験の中からかなり古い昔に既に見い出されていたことを忘れてはいけません。
もともと薬として伝来した茶が、喫茶という生活習慣の中で利用されるようになったのは、精神的リラックスにもよいことが経験的に分かったからではないでしょうか。したがって、お茶を飲んで一日何回かリラックスするという効果も、お茶のがん予防効果に寄与している可能性があります。服用を簡便にするため、緑茶抽出物を摂取するという短絡的な考えでは緑茶のがん予防効果の一部を利用しているだけかもしれません。【お茶の飲みすぎは害もある】
全ての薬や健康食品に当てはまるものですが、体に良いと言われていても「過ぎたるは及ばざるが如し」で、取りすぎは体に悪いこともあります。
緑茶抽出物の副作用の検討では、一日緑茶30杯程度に相当する緑茶抽出物が許容量とする報告があります。茶ポリフェノールは飲み過ぎると胃腸に障害を引き起こす可能性やカフェインによる不眠などの有害作用もあります。茶の飲みすぎによる副作用は「養生訓」の中にも記載されていて、既に経験的に知られていることです。
緑茶抽出物をがん予防剤として摂取するより、1日10杯程度のおいしい緑茶を心のゆとりをもって飲むことを生活習慣にすることががん予防の基本と思います。【過度に期待せず、何より生活習慣の改善が大切】
前述のように、緑茶のがん予防効果を裏付ける研究は多く、それを踏まえ、世界がん研究基金と米国がん研究機構は1997年の報告書で、お茶は胃がんのリスクを低下させる可能性があると記載しています。
しかし、一方、この定説化した効用に疑問をはさむ研究結果も発表されています。東北大学が宮城県内の40歳以上の男女約26000人を1984年から9年間調査した結果では、胃がんの危険性は、1日1杯未満の人を1とすると、1ー2杯で1.1倍、3?4杯で1.0倍、5杯以上で1.2倍でした。つまり、お茶を何杯飲んでも胃がんを予防する効果は期待できないという結論です。
埼玉県立がんセンターの研究では、1日10杯以上でないとがん発生率に差がでないので、東北大の調査では5杯以上がひとまとめになっているので、効果が見えないのはないかという反論もあります。がんの発生には食事や生活環境など様々な要因が関与しています。調査の対象となった人も、住んでいる場所やお茶以外の食生活は大きく異なるはずです。したがって、一つの食品だけに絞った調査では、例えその食品にがん予防効果があってもその効果を証明することは困難なのです。
したがって、10杯以上でないとがん発生率に差が出ていないから、それ以下では効果が期待できない、というのではなく、緑茶の場合には飲む量に比例してがん予防効果が現れると考えるべきです。他の食生活や生活習慣の改善を重視しながら、その項目の一つとしてお茶の効用も利用するという態度が大切です。【メモ:コーヒーのがん予防効果】
目次へ戻る ホームへ戻る 3章-2へコーヒーを飲んでいる人は肝臓がんの死亡率が低いという疫学的研究結果が、日本の研究グループから報告されています。米国からは、カフェインを含まないコーヒーを1日2杯以上飲んでいる人は直腸がんの発生が少ないというデータも報告されています。
岐阜大学医学部の森教授の研究グループは、コーヒーには大腸がんや肝臓がんの発生を抑える効果があることを、ネズミを使った実験で示しています。発がん予防効果のメカニズムとして、コーヒーに含まれるクロロゲン酸などのポリフェノール類による抗酸化作用が指摘されています。
昔は、コーヒーはがんを促進するといわれたこともありましたが、コーヒーを飲んでも、がんに悪いことはなさそうです。ただし、砂糖の過剰な摂取はがんを促進するという報告もありますので、砂糖は控えめの方が良いと思います。