第7章:全人的(ホリスティック)な視点で体の自然治癒力を高める東洋医学
1.漢方薬は臓器の働きを調和し治癒力を活性化してがん体質を改善する
【東洋医学では自然治癒力を気・血・水で考える】
【漢方薬と民間薬はどこが違う】
【生薬とは天然の薬物】
【漢方薬の秘密は生薬の複合効果にある】
【患者の「証」にしたがって漢方薬を選ぶ
【漢方薬は気・血・水の量と巡りを正常化させてがん体質を改善する】
【漢方治療は栄養・循環・新陳代謝を改善して自然治癒力を高める】
【漢方は免疫が高まる体の状況に仕上げる】
【漢方薬は滋養強壮薬の宝庫】
【漢方薬は組織の血液循環を良くする成分の宝庫】
【生薬は抗酸化物質の宝庫】
【漢方の専門家はどこにいる】
【メモ:がんは氷山の一角】
【メモ:漢方薬を用いたがん再発予防法とは】
【メモ:リスク別・がんの種類別の再発予防法】
【概要】
漢方薬は民間薬とは異なります。漢方薬は、病気の種類だけでなく体力や体質や病状によって、薬を使い分けます。そのため、専門の薬剤師や医師の指導のもとに服用するのが基本です。食欲や免疫力が低下し、血液循環や新陳代謝が悪いとがんが再発しやすい状態になります。そのような異常を改善することを目標に漢方治療を行うと、がんの再発を予防する効果が期待できます。
【東洋医学では自然治癒力を気・血・水で考える】
東洋医学では生体機能を担っている基本的な構成成分として気・血・水の3つの要素を考えています。気は人体の全ての生理機能を動かすエネルギーであり、血・水は体を構成する要素です。血は血液に相当し、水は体液やリンパ液など体内の水分であり、気のエネルギーが原動力になって体の中を循環しています。
気を陽気、血・水を陰液と呼んでおり、 陽気と陰液をあわせたものを「正気」といいます。正気は、自然治癒力を働かせる原動力と物質的基礎であり、病気の原因となる「邪気」と対抗する人体の抵抗力や生命力を示す概念です(図42)。
図42:体の抵抗力(正気)は気・血・水の3つの働きによって生み出される。気は生命のエネルギーであり、自然治癒力の物質的基礎である血・水を動かす原動力となる
実際の体は心臓や肝臓や腎臓など多くの臓器や組織で構成されていることは常識ですから、体を構成する成分や働きを気・血・水の3要素で捉えることは、極めて幼稚で観念的な考え方と思われるかもしれません。しかし、個々の臓器の異常に囚われることなく、体全体のバランスを調節するときには、むしろこのような観念的な捉え方のほうが全体像を捉えやすいといえます。
正常な人体では気(生命エネルギー)と血・水(体を構成する要素)が、いずれも過不足なく、しかも滞りなく生体を循環することによって生命現象が正常に営まれます。気血水の量のバランスと循環を良好な状態では体の新陳代謝や生体防御力や恒常性維持機能が十分に働いて、体の自然治癒力が高まり、病気の原因に対して抵抗力を十分に発揮できるので病気にならずに済むのです。すなわち、体の自然治癒力を高めるためには、気血水の量のバランスと循環を良好な状態にすることが必要条件になると考えられます(図43)。
図43:気血水が過不足なくバランスがとれて循環が良好な状態(正気の充実)では、自然治癒力が十分に働いて病気の原因(邪気)に抵抗することができる【漢方薬と民間薬はどこが違う】
「漢方薬を飲んでいます」という人の中には、それがハトムギ茶であったり、ドクダミ茶であることがよくあります。薬草を煎じたものなら全て漢方薬と思い込んでいる人も多いようですが、これらは「民間薬」であり「漢方薬」ではありません。
下痢止めにゲンノショウコや、便秘にアロエやセンナなどと症状に合わせて飲んだり、健康増進や病気の予防の目的でお茶がわりに飲むのがほとんどです。このような民間薬は、経験に基づいた生活の知恵として、一種類の薬草のみを用い服用量なども適当です。民間薬はどこの山野や道ばたに生えているものを採取しても構いません。最近ブームになっているハーブも、ヨーロッパなどの生活に古くから根づいている民間薬で、料理や健康増進のために利用されています。
漢方薬に使われる薬草は生薬と呼ばれ、民間薬と異なり、採取の場所や時期、乾燥の仕方や刻み方、品質の基準などが厳しく決められています。生薬1種類からなる単味の漢方薬もありますが、ほとんどは数種類から多いときには20種類以上の生薬を調合して薬が作られています。
【生薬とは天然の薬物】
生薬というのは、自然界から採取された原形に近い形で薬用に供されているものを指します。植物性のものが主体ですが、動・鉱物性のものも含まれています。漢方医学で用いられる生薬は、薬用にするために、蒸したり加熱したり、乾燥や刻みなど簡単な加工がなされます。
それぞれの生薬には臨床経験に基づいた効果(薬能)がまとめられています。さらに科学的研究により活性成分や薬理学的な作用も研究されています。それぞれの生薬にはさらに、体を温めたり冷やしたりするという性質(薬性)があり、寒熱の証に合わせた漢方薬の処方をするときに考慮します。食品でもショウガやトウガラシは体を温めますが、キュウリやスイカや柿などは生で食べると体を冷やします。同様に、薬物の寒熱に基づいて熱・温・涼・寒性の4つ、あるいは平性を加えて5つに分類しています。熱性や温性のものは体を温め、涼性・寒性のものは体を冷やす作用を持ちます。冷え症や寒証の人には体を温める薬を使わなければなりませんが、熱のある人(熱証)や暑がりの人には体を冷やす薬が使われます。薬や食品を「温かい」だの「冷たい」だのというのは、西洋薬や健康食品では問題にされませんが、漢方ではこの寒熱の考え方を無視して薬を使うことはできません
表1に示すように、栄養の消化吸収、血液の循環、組織の新陳代謝などを改善するような薬を、長い歴史の中での臨床経験体から見つけ出してきた点に漢方治療の効く秘密があります。
1.胃腸の調子を整えて元気をつける補気・健脾薬
人参・黄耆・白朮・蒼朮・山薬・甘草・大棗・膠飴・粳米・茯苓など
2.栄養を改善して抵抗力を高める補血薬
当帰・芍薬・地黄・何首烏・阿膠・枸杞子・竜眼肉・遠志・酸棗仁など
3.体の潤いを増す滋陰薬
麦門冬・天門冬・山茱萸・五味子・地黄・玄参・白合など
4.体の機能の停滞を改善する理気薬
陳皮・枳実・香附子・木香・蘇葉・薄荷・烏薬・半夏・厚朴・柴胡など
5.組織の血液循環を良くする駆オ血薬
桃仁・牡丹皮・芍薬・紅花・牛膝・蘇木・大黄・川キュウ・莪朮・丹参・地竜など
6.体の水分の分布と代謝を良くする利水薬
猪苓・沢瀉・防己・黄耆・麻黄・蒼朮・白朮・車前子・茯苓・ヨク苡仁など
7.体を温めて新陳代謝を高める補陽薬
附子・桂皮・乾姜・杜仲・蛇床子・淫羊カク・丁子・山椒など
8.生命力を高める補腎薬
地黄・山薬・山茱萸・莵絲子・枸杞子・亀板・杜仲など
9.炎症を抑えたり解毒機能を補助する清熱薬
黄連・黄ゴン・黄柏・山梔子・夏枯草・石膏・知母・柴胡・連翹・金銀花など
表1:漢方医学では気血水の量や巡りを正常化させるためのいろいろな生薬が用意されている。【漢方薬の秘密は生薬の複合効果にある】
漢方治療では、一種類の生薬だけを使用することは稀で、多くは病気の状態に合わせて複数の生薬を組み合わせて処方されます。これによって、患者の呈する体の異常や症状に対処でき、また効果をより高め、かつ副作用をより少なくすることができるのです。このように、治療のために複数の生薬を配合したものを漢方薬あるいは方剤といいます。
単一の成分は、作用が偏っていて副作用などが現われやすい傾向がみられます。生薬には多くの成分が含まれていて、相互に助長し合い、あるいは抑制し合うというように、常に調和を保つような傾向がみられます。しかし、単味の生薬には、なおその薬能に限界があり、効き目に片寄りがあります。そこで、単味の生薬をいくつか組み合わせた薬方がつくられることになります。すなわち、漢方薬は、単味の生薬の弊害と不備とを補い、さらに特殊な薬効を重点的に抽出して効果的に利用することを目的としてつくられたものといえます。
一つの判りやすい例として補剤の代表である四君子湯を例にして説明します(図44)。四君子湯は人参・白朮・茯苓・甘草・大棗・生姜の6つの生薬からなります。人参・白朮・茯苓・甘草の4つの生薬には消化吸収機能を高め、免疫力を増強する作用が知られています。甘草は甘味料として食品にも使われており、味を整えたり複数の生薬全体を調和させる作用もあります。大棗・生姜も消化器系の働きを調整する効果を持っています。
人参・甘草は体液を作り出し、体内の水分を保持する傾向があります。一方、白朮・茯苓は体内の水分を排出する「利水」の効能を持っています。生姜は体を乾燥させる傾向を持ち、大棗は逆に潤いを持たせます。
人参を使い過ぎると体がむくんだり血圧が上昇したりしますが、四君子湯のように「利水」の作用を持つ生薬と組み合わせて用いることにより、人参の副作用を回避することができます。すなわち、体力や免疫力や消化管機能を高める目的で、薬用人参や茯苓などを使うときには、それぞれを単独で用いるより組み合わせて用いるほうが、副作用もなく十分効果を発揮できるようになるのです。
図44:四君子湯は体力増強に必要な薬能を持った6種類の生薬で構成されており、それぞれの副作用を軽減するような組み合わせになっている
漢方治療の長い歴史の中で優秀な処方が伝えられ、独自の名前(葛根湯、小柴胡湯など)が付けられて現在も使用されていますが、この伝統的な方剤構成をそのまま使用したり、あるいは病気の状態に合わせて別の生薬を加えたり減らしたり(加減という)して薬を作ります。独自に生薬を選び、組み合わせて治療に使用することもあります。しかし、単に症状に合わせて生薬を混ぜ合わせたのでは、効果が相殺したり副作用を強める可能性もでてきます。生薬の作用をうまく引き出して、薬の副作用を軽減させるために、生薬の知識と理論が必要になるのです。
【患者の「証」にしたがって漢方薬を選ぶ】
漢方では、病気の状態や患者の体質・体力などを診断して、投与する漢方薬を決めます。カゼのようなありふれた病気でも、10種類以上の漢方薬の中からどれが最も合っているかを考えます。西洋医学では病名や症状によって、使用される薬が決定されますから、同じ病名や症状であれば、投与される薬も大体同じです。しかし、漢方薬というのは、「この病気にはあれがよい」式には使えないのです。
それはなぜかというと、漢方薬は患者の体質や体力の違いを考えて薬を作っているからです。体の弱っている人には、薬用人参のような滋養強壮作用を持った生薬が多く使われますが、このような滋養強壮薬は体力のある人には不要ですし、場合によっては不快な症状を引き起こす原因にもなります。体力のある人向けに作った漢方薬には、作用の強い薬をたくさん入れることができます。しかし、これを体力の低下した人や虚弱体質の人に与えると、胃腸障害や体力の消耗などの副作用の原因となり、抵抗力が弱って病気をますます悪化させることにもなります。
病気の種類や強さの他に、患者の体質的傾向や体力などを総合的に考慮した漢方的な診断名を「証」といいます。例えば、体力が消耗して生理機能の低下した状態、あるいは体力に余力がなく元気がでない状態を「虚証」といい、病気に抵抗する体力に余力がある状態や頑強な体質的傾向にある場合を「実証」といいます。虚証の場合には、まず体力を高め、自然治癒力を増強することによって病気に対抗する治療手段が必要です。このような漢方治療を「補法」と言い、用いる漢方薬を「補剤」といいます。
寒気や体の冷えなどの症状を訴え、温かい飲み物を好むような状態を「寒証」といい、新陳代謝や血液循環が低下し生体熱量が不足しているような状態と解釈できます。この場合には体を温める漢方薬を用いなければなりません。一方、身体の熱感、顔面の紅潮、冷たいものをほしがるような状態を「熱証」と呼び、この場合には体を冷やす薬で治療します。その逆を行えば、病気はますます悪化してしまいます。
漢方薬を使って効果がなかったとき、「漢方薬が効かなかった」のではなく、「証が間違っていた」あるいは「証に合った漢方薬を与えなかった」と漢方専門の医者は考えます。証を診断し、その証に合った漢方薬を選択する治療のやり方は、画一的な西洋医学的治療とは異なる、個別の治療(オーダーメイド医療)を行なえる利点があります。
【漢方薬は気・血・水の量と巡りを正常化させてがん体質を改善する】
陰液や陽気の不足、つまり気血水の量が不足している場合には補なわなければなりません。気を補うことを「補気」といい、血を補うことを「補血」といいます。体の体温を保持する陽気を補うことを「補陽」といい、一般に体を温めて新陳代謝を活性化する治療法に相当します。陰液、とくに体液の不足を補うことを「滋陰」と言います。
気血水の量が過剰な場合には、それを取り除かなければなりません。この治療を漢方では「瀉法」といいますが、過剰になっている要素の循環(巡り)を良好にすること、つまり流れを良くすることが基本となります。気の巡りを良好にすることを「理気」といい、気が滞って過剰になっている状態(気滞)を改善する方法です。同様に血の巡りを良好にすることを「駆オ血(あるいは活血化オ)」といい、水の巡りを良好にすることを「利水」といいます。
漢方薬はいろいろな作用(薬能という)をもった生薬の組み合わせから成り立っています。その組み合わせを考える時の基本は、体の異常を起こしている気血水の状態を正常な方向に引き戻してやることです。気血水の量と循環が良くなれば、自然治癒力も活性化されてがんの再発を予防する効果が現れます。
がんになりやすい体質(がん体質)というのがあります。がんは体の免疫力や抗酸化力など自然治癒力や生体防御力が低下してくると発生しやすくなります。組織の血液循環や新陳代謝が低下した状態は組織の治癒力が低下して、がんになりやすい状態にします。漢方薬によって気血水の量と巡りを正常化させることは、消化管の働きや、組織の血液循環や新陳代謝を良好にすることであり、さらに免疫力や抗酸化力を増強するような天然の生薬の相乗作用によってがん体質を改善することができます(図45)。
体の自然治癒力を効果的に高めるためには、栄養の吸収や血液循環や新陳代謝など体の全ての機能が調和を持って働かさせるための理論が必要です。漢方薬や鍼灸は、全人的な視点で体の働きを良くし、自然治癒力を高める治療法です。リフレッシュ療法や健康食品も、この東洋医学の理論に沿って漢方治療や鍼灸治療と併用していけば、さらに効果が高まります。
図45:漢方薬は消化管の働きや、組織の血液循環や新陳代謝を良好にし、免疫力は抗酸化力を増強するような天然の生薬が組み合わされており、それらの相乗作用によってがん体質を改善することができる【漢方治療は栄養・循環・新陳代謝を改善して自然治癒力を高める】
体をつくるのは食物から取られる「栄養素」であり、自然治癒力の元も栄養素です。したがって、食物を消化吸収する胃腸の働き、吸収した栄養を体の隅々まで行き渡らせるための血液循環、細胞や組織の新陳代謝を高めることが自然治癒力を高める必要条件になります。栄養が十分に行き渡り、新陳代謝が活性化すると、細胞や組織の修復や再生能力は維持され、自律神経やホルモンが正常に働いて体全体の調和が保たれ、免疫力などの体の抵抗力が十分働くことができるのです。
生命力を高めるということは体全体の働きを調和させることが必要ですから、胃や腸や肝臓と臓器を別々に細かく分ける西洋医学の考え方ではうまくいきません。漢方では体を構成する成分として気・血・水の3要素に分けて、その相互の関係から自然治癒力を高める理論体系を確立しています(図46)。
図46:気(体を動かすエネルギー)は諸々の生体機能を働かせて栄養・循環・新陳代謝を促進し、体を構成する要素(血・水)を作り、生体防御機能や恒常性維持機能や組織の修復・再生を高めて自然治癒力を生み出す
【漢方は免疫が高まる体の状況に仕上げる】
免疫増強作用をもった薬剤や健康食品をいくら大量に使っても、栄養状態が悪かったり、組織の血液循環が悪くて新陳代謝が低下しているような体の状況では、免疫力は十分高まりません。エンジンが壊れたポンコツ車にいくらガソリンを入れても動かないのと同じです。これらを使って免疫力を高めるためには、まず消化吸収機能を高めて栄養状態を良好にし、全身の血液循環を良い状態に保持し、組織の新陳代謝や諸臓器の機能を高めるなど、体全体の機能がバランスよく良好な状態にあることが必要です(図47)。このような全身状態に対する配慮が少ない点が西洋医学の欠点の一つであり、免疫賦活剤の単独投与だけではなかなか効果が得られない理由となっています。
漢方薬には茸由来の生薬など免疫増強作用をもった生薬が豊富です。しかし、漢方の強みはそれらが効果的に働くような全身状態に仕上げるための作用と配慮がなされている点にあります。
図47:免疫力を高めるためには、免疫細胞の活性化だけでなく全身状態を良好な状態にする必要がある【漢方薬は滋養強壮薬の宝庫】
漢方薬は慢性疾患や難病の治療に用いられて、西洋医学で得られない効果を発揮しています。その理由として、漢方治療が消化吸収機能を高めて栄養状態を改善し、組織の血液循環や新陳代謝を促進して体の自然治癒力を高めることがあげられています。西洋医学にはこのような滋養強壮や組織機能の賦活を目指す発想は乏しいのですが、漢方ではこれをもっとも重要な治療戦略としています。
約八百年程前に中国で活躍した名医李東垣は、胃腸機能の保護を常に強調していたことで知られています。彼は、難病の治療に際して、あれやこれやと薬を投与するより、胃腸の消化吸収機能を保ちながら自然治癒力の回復を待ったほうがよいと述べています。作用の強い薬を長期にわたって服用すると、胃腸の機能は次第に衰え、消化吸収機能が低下し、体の抵抗力も低下してしまいます。病気の原因ばかりに目を向けて生体の自然治癒力に配慮しない治療では、治る病気も治らなくなることを強調しています。このような考えを基本として、漢方薬には消化吸収機能を高める薬や、体力を回復させる滋養強壮薬が数多く用意されています。
摂取した食物を栄養素に分解して体内に吸収する臓器を消化器といいます。消化器には、食物の通る管(消化管)と、消化液などを分泌する付属器官(唾液腺・肝臓・胆嚢・膵臓など)があります。
消化管とは口腔・咽頭・食道・胃・小腸・大腸からなる全長約9mの中腔の器官で、食物を口から肛門まで輸送しながら、胃・小腸で食物を消化・吸収し、大腸で食物残渣(カス)を便にします。唾液腺・肝臓・胆嚢・膵臓などは消化管から独立した器官として消化管に付属して存在し、消化液などの分泌物を消化管に送り込んで、栄養素の消化吸収を助け、小腸から吸収された栄養物質は肝臓に送られて、エネルギーや蛋白質などの合成に使われます。食物の栄養物質を体に同化させ、体を動かすエネルギー源に効率良く変換するためには、これらの多くの臓器や組織が正常に働くことが必要です。
西洋医学では栄養物質の消化吸収機能を、胃・小腸・大腸・肝臓・胆嚢・膵臓など解剖学的に分けて考え、病気も臓器別に治療するのが通常です。しかし、漢方医学では栄養物の消化吸収という全体像を統一的にとらえて、食物から栄養素を取り出し、全身の臓器に輸送して体に同化させる機能やシステムの全てが調和をもって働くことを重視しています。消化管機能だけでなく、さらに体力や抵抗力を高める効果を持つ生薬や漢方薬の知識を臨床経験の中から集積し、多くの漢方薬にこれらが加えられています。
漢の時代(紀元2世紀ころ)に成立した薬物書として「神農本草経」があります。『神農』は牛頭人身の伝説の人物で、自ら草木を服用して毒や効果を確かめて薬の知識を人々に教えたと伝えられています。この書物では生薬を毒性に基づいて上薬、中薬、下薬と3つに大別しています。上薬というのは、無毒で命を養うような生薬であり、長期服用できて体の治癒力や抵抗力を高めるようなもので不老長寿に役立ちます。薬用人参などが代表です。中薬は、少毒で病気を治す効果もある程度期待できる生薬で、間違った使用をしたり長期に多くを服用すれば副作用も出ますが、少量または短期間なら毒性がなく薬効を期待できるものです。一方、下薬というのは、病気を治す力は強いが、しばしば副作用を伴う生薬です。
西洋医学では作用の強力な薬が「良い薬」とされていますが、漢方ではこのような強い薬は「格が低い薬(下薬)」と位置付けられています。漢方では西洋薬のような特効的な効果はなくても、副作用がなく病める体に好ましく作用する薬、長期の服用が可能で徐々に治癒力や体力を回復させる薬を、最も格が高い「上薬」としている点に特徴があります。
上薬と言われる漢方薬は健康食品の原点のようなものです。作用が弱くて効果が現れるまでに時間がかかり、短期間の動物実験などでは薬効がはっきり確かめられないものも少なくありません。西洋医学の見方では薬として認められないようなもので、「漢方薬は効かない」といわれる理由の一つにもなっているのです。しかし、長期的に見ると難病や慢性疾患において症状の改善や延命効果など、確実な効果が経験されます。このように「作用が弱くて穏やかに効く滋養強壮薬」の良さを追求してきた所に漢方医学の特徴があるといえます。
体の抵抗力や治癒力を高めるような薬を漢方治療では重視していますが、西洋医学ではこのような滋養強壮薬のような薬はありません。その理由は、西洋医学では病気の原因や有り余ったものを取り除く治療が中心であって、「虚(不足)を補う」という概念が発達しなかったからです。【漢方薬は組織の血液循環を良くする成分の宝庫】
血液には、酸素を運搬する赤血球、血管の傷を塞ぐ血小板、生体防御に働く白血球などの血球成分と、いろんな栄養素や蛋白質・脂質などを含む血漿成分から構成されます。「血のめぐり」は専門用語で「血液循環」といいます。組織や細胞の活動に不可欠な酸素と栄養物の供給および代謝産物である炭酸ガスや他の老廃物の除去が血液循環によって行なわれています。したがって、血液循環が悪くなることはそのまま組織の働きが悪くなることを意味します。各血液細胞の機能が正常でも、栄養を十分含んでいても、血液循環が正常でなければ用をなしません。
動脈が硬くなる動脈硬化は、血液循環を悪くし組織への栄養や酸素の供給を悪くするため、心臓や腎臓などの臓器の働きを低下させ、組織の新陳代謝を悪くして種々の病気の原因となっています。「人は動脈と共に老いる」という言葉があります。日本人の3大死因はがんが第一位で、2位と3位は心疾患、脳血管疾患です。このうち心疾患と脳血管疾患は動脈硬化が基礎にあるため、血管の疾患が死因の隠れ第一位といえます。
昔から、野菜は血液をきれいに保ち、動物性食品(肉)は血を汚くすると信じられてきました。実際、野菜の中には抗酸化物質や血小板凝集抑制作用を有する成分が多く含まれているため、野菜や生薬の摂取は血液の循環を改善し、新陳代謝や免疫力を向上し、治癒力を増強されることも期待でき、結果としてがんや動脈硬化性疾患などの予防や治療の効果を高めることができます。生薬には、血液凝固や末梢循環に作用する生理活性物質が多数見つかっており、抗酸化作用の強い成分も多く含まれています。
薬用人参、桂皮、附子、芍薬、当帰、川キュウなど多くの生薬に血管拡張作用が知られています。これらを服用すると、顔のほてりや発汗、手足が暖かくなるなどの効果が出てきますが、これは末梢血管拡張作用の結果なのです。
牡丹皮の主成分ペオノール(paeonol)、桂皮のケイヒアルデヒド(cinnamic aldehyde)、川就などのセリ科植物の成分であるテトラメチルピラジンやフェラル酸に血小板凝集を抑える作用が報告されています。一般に香味野菜には血栓を予防する効果が強いことが知られており、生薬の中にも血栓形成を抑制するものは多く知られています。
血中のコレステロールや中性脂肪が高い状態(高脂血症)では血液の粘稠度が高まります。赤血球膜の柔軟性が低下すると赤血球変形能が低下して毛細血管での血液の流れが停滞します。桂枝茯苓丸や当帰芍薬散や桃核承気湯などの代表的な駆犬血剤には血液粘度低下作用や赤血球変形能増強作用が科学的研究で証明されています。
丹参はシソ科のタンジンの根を乾燥させたものです。血管拡張作用や血液循環を良くする作用があり、抗炎症作用や抗酸化作用も強く、中国では慢性肝炎や心筋梗塞の治療にも使用されています。肝硬変における線維化を抑制したり、がん細胞の増殖を抑える作用なども報告されています。
慢性肝炎や肝硬変やがんの患者さんは、組織の血液循環が悪くなっています。血液循環を良好にして抗酸化力を高める薬は、これらの疾患の治療に極めて有効ですが、西洋医学ではほとんど行われていません。漢方薬や健康食品が肝炎やがんに効果がある理由は、組織の血液循環と新陳代謝を改善し、抗酸化力や解毒能や免疫力を高めるためといっても過言ではありません。【生薬は抗酸化物質の宝庫】
植物は光合成を行うことで生命を維持しています。日光の紫外線の刺激から発生する活性酸素から身を守ることは、植物にしてみれば至極当然のことで、その植物が貯えている物質の中に強力な抗酸化物質やラジカル消去物質を数多く含んでいます。生薬は「抗酸化物質の宝庫」といわれますが、植物由来であるから当然のことなのです。
生薬に含まれる抗酸化物質として、カロチノイドやビタミンC・Eなどの天然抗酸化剤のほか、フラボノイドやタンニンなどのポリフェノール・カフェー酸誘導体・リグナン類・サポニン類などが知られています。
山梔子(クチナシの果実)や陳皮(ミカンの果実)などの色はカロチノイド色素によるものです。ビタミンE(α-トコフェノール)も植物界に広く分布し、脂溶性であるため細胞膜の脂質の過酸化に対して強い抑制作用を示します。ビタミンCは水溶性の抗酸化性ビタミンで、ビタミンEと相乗作用して抗酸化能を高めます。
フラボノイドやタンニンはその構造の中にフェノール性OH基を多数持つためポリフェノール類と呼ばれています。フェノール性OH基が水素をラジカルに渡して安定化させ、自らは安定なラジカルとなることによってラジカル消去活性を示します。フラボノイドとは、植物に多く含まれている黄色やクリーム色の色素のことです。活性酸素を除去する抗酸化作用が強く、紫外線による害から守る作用がありますので、葉・花・果実など日光のよく当たる部分に多く含まれ、ほとんどの植物がもっています。漢方薬で使われる生薬の中には、強い活性酸素消去活性を持ったフラボノイドやタンニンを含むものが多数あります。
クロロゲン酸(3ーカフェオイルキナ酸)を始めとするカフェー酸誘導体は植物界に広く分布しています。艾葉(キク科のヨモギ)やその同属植物には、カフェー酸・クロロゲン酸・ジカフェオイルキナ酸類が多量に含まれており、これらはいずれも強い抗酸化作用が認められています。
カフェー酸の2量体であるロズマリン酸は、ヨーロッパで多く用いられているハーブのロズマリーや薬用サルビア(セージ)などのシソ科植物の主要成分でもありますが、蘇葉や夏枯草などのシソ科植物を基原とする生薬にも多く含まれています。このロズマリン酸にも強い抗酸化活性や抗炎症作用が認められています
ゴマ油は酸化に対して安定ですが、それはゴマの種子に多量に含まれているリグナン類の優れた抗酸化作用によるものです。胡麻に含まれる成分セサミンが肝臓がんの発生を抑える働きを持つことが、発がん実験の研究で明らかになっており、その作用機序として抗酸化能が重視されています。五味子はチョウセンゴミシの果実を基原とする生薬ですが、この中にはシザンドリンやゴミシンなど多くのリグナン類が含まれていて、強い抗酸化力を持っています。
このような抗酸化力のある生薬を多く含む漢方薬を服用することは、肝炎やがんの治療にも極めて有効です。【漢方の専門家はどこにいる】
適切な漢方治療を受けるためには、漢方の知識と経験のある医師の診察を受けるか、漢方に詳しい薬剤師に相談して、証に合った正しい処方を決めてもらうようにしなければなりません。
最近では、大学病院や総合病院の中に漢方を取り入れて診療している医師も増えてきて、漢方の専門外来を開いているところもあります。開業している医師の中にも熱心に漢方を勉強している人が多くいます。しかし、がんの治療や再発予防にも精通して、専門的な漢方治療を行っている医師や薬剤師はまだ特殊な存在です。漢方の専門家の間でも、がんにおける漢方治療に対する考え方や治療法も様々なのが実情です。
漢方治療を相談できる医師が見つからない場合には、まず漢方専門薬局にいる薬剤師に相談してみることです。職業別電話帳には「漢方薬・薬草」の項目があり、漢方薬専門の薬局を探すことは容易です。がん治療を受けているとき、体の抵抗力や治癒力の低下を最も良くわかるのは患者さん自身です。それを克服するために漢方治療を相談する場合には、漢方薬を真剣に勉強している薬剤師は頼りになります。
医療保険を使って漢方治療を続けたいとか、がんの漢方治療を実施している病院にかかってみたいと思ったら、漢方薬局や調剤薬局に相談すれば、漢方に詳しい医者を見つける情報が得られるはずです。また、漢方製剤を製造販売している製薬会社(ツムラ、ウチダ和漢薬、小太郎漢方製薬、カネボウ薬品など)の支店や営業所が各都道府県にありますので、漢方専門薬局や保険調剤薬局の薬剤師に依頼して最新の情報を調べてもらうこともできます。最近ではインターネットを利用してこれらの情報を得ることも容易になっています。
漢方薬が保険を使って使用できることを知らない患者さんも意外と多いようです。発がんの危険が少ない人ががんの予防を目的に漢方薬を飲みたいと思っても、これは医療保険の適用にはなりません。しかし、がんの治療やがんに付随する種々の症状の改善や治療を目的とする場合には保険が使えます。がんの治療後に食欲や体力の低下があるときも保険で漢方薬が使えます。現在日本では、医療用漢方製剤147処方、煎じ薬の原料となる生薬は228品目が保険の適用を受けています。がん再発の原因となる治癒力の低下を漢方治療で改善することは、がんの再発を予防する上で有効です。【メモ:がんは氷山の1角】
がん組織は氷山の一角であり、その下には、がんになりやすい体質という大きな山が潜んでいます(図)。1個のがんが出たということは他にもがんができやすい状態になっています。
つまり、がんは全身病であり、がんが増殖しやすいような体内環境にあるときは、がん組織を取り除いても、また再発していきます。体力や免疫力の低下があるときには、それを改善してやることががんの再発予防の基本になります。がん組織は氷山の一角であり、水面下にある治癒力低下の要因を取り除くことが大切であり、そのために、漢方薬やサプリメントが役に立ちます。
図:がん組織は氷山の一角です。たとえがん組織を除去しても、体の治癒力を低下させる要因や、がんの発生を促進させる要因が改善されない限り、再びがんが発生(再発)してきます。このようながん体質を改善することが再発予防の基本になります。【メモ:漢方薬を用いたがん再発予防法とは】
東洋医学では、冷え性、虚弱、気の巡り、血の巡りが悪い、気うつなどの症状を、がん体質であると考えます。まず、こうした体質を改善し、悪い状態をいい状態にすることが漢方薬によるがん再発予防の基本になります。漢方では、その人が持つ体質のウィークポイントを見直すことによって体の基盤そのものを底上げするのです。
再発防止のための体質改善のポイントは、(1)免疫力を上げる、(2)抗酸化力を高める、(3)組織の血液循環や新陳代謝をよくする、(4)腸内環境を整備して、解毒機能を高める、の4つです。
再発リスクの低いがんの段階なら、この体質改善によって、かなりの程度防ぐことができるのですが、もう少し再発リスクが高くなれば、それだけでなく、がん予防に効果があるといわれる抗がん生薬を用います。植物に含まれる成分の中には、がん細胞の増殖を抑えたり、血管新生阻害作用や抗炎症作用を示すものがあり、これらを利用することによって、体内に残ったがん細胞の増殖を抑えて再発を予防することができるようになります。
漢方薬は複数の生薬を煎じて服用する煎じ薬を用います。粉末のエキス剤(煎じ薬をインスタントコーヒー状に粉末化したもの)では、抗がん作用を発揮する精油成分がほとんど蒸発してしまうので、効き目がかなり落ちるからです。
図:漢方薬は生薬を組み合せた薬で、生薬は薬草の果実や葉や根などを乾燥させて刻んだり、簡単な加工がされています。きざみ生薬を熱湯で抽出した薬液を煎じ薬(液)といいます。【メモ:リスク別・がんの種類別の再発予防法】
再発のリスクは、患者さん個々に異なります。リスクのレベルに応じたオーダーメイドの対策でなければ実用的ではありません。 例えば、
① 早期がんで治癒切除したよう再発リスクが非常に低い人(5年生存率95パーセント以上の状況)は、生活習慣や食生活の改善だけで十分だと思います。ただし、がんが発生したと言う事は、体の治癒力や免疫力の低下など、発がんしやすい要因(体質)があることを意味するので、免疫力や抗酸化力をたかめるサプリメントや漢方薬の使用は有用です。
② がんが進行していて、手術後に抗癌剤治療などの補助療法を受けなければならないような場合は、より積極的な対策が必要です。手術後に抗癌剤治療を行うのは、がんが転移している可能性があるからです。抗がん生薬を使った漢方治療を基本にしながら、がんの種類によっては、がん予防効果のあるCOX-2阻害剤やがん予防効果が期待できるサプリメントを活用します。
③ 目にみえるがん転移は切除したが、目に見えない微小転移の可能性が残る場合のように、ほぼ確実に再発が予想される場合は、抗がん漢方薬やCOX-2阻害剤に加えて、血管新生阻害作用のある医薬品(サリドマイド)や健康食品(サメ軟骨エキス、スクアラミンなど)の併用も有用です。
また、がんの種類によっても、再発予防対策が異なります。
COX-2活性阻害による増殖抑制が報告されている大腸がん、前立腺がん、乳がん、肺がんなどではCOX-2阻害剤の使用を早い段階から考慮します。
多発性骨髄腫、B細胞リンパ腫、悪性神経膠芽腫、腎臓がん、肝臓がん、前立腺がん、小細胞性肺がん、各種の肉腫など、サリドマイドの有効性が報告されているがんで再発リスクの高い時は、積極的に使用してよいと思います。血管新生阻害作用のあるサプリメントは、多くのがんの再発予防に考慮して良いかもしれません。
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