第2章:食生活を変えてがん再発を予防する方法:野菜・果物・大豆・魚

 3.大豆製品(納豆、味噌、豆腐など)のイソフラボンはがんの発生と増殖を抑える

     【概要】
     【イソフラボンは女性ホルモンに似た作用を持つ】
     【大豆イソフラボンが乳がん、前立腺がん、胃がん、などを予防する】
     【醗酵させるとがん予防物質が増える】
     【豆腐にネギ・ショウガの組み合わせでがん予防効果は倍増する】
     【乳がんや子宮体がんの治療後は、大豆イソフラボンを多く含むサプリメントの摂取は要注意】

【概要】

 大豆は、昔から良質なたんぱく源として知られ、最近では、健康管理に有効な数々の有効成分を含むことでも話題になっています。豆腐や納豆など、大豆製品を豊富に摂取する人たちには、がんの発生が少ないことが疫学的に証明されています。大豆に多く含まれる「イソフラボン」という成分は、女性ホルモンの作用に影響して、乳がんや前立腺がんを防ぐ効果が報告されています。さらに、がん細胞に養分を与える腫瘍血管が育たないようにしてがん細胞の増殖を抑える働きや抗酸化作用も知られており、多くのがんの再発予防にも効果が期待できます。
 大豆は日本人の長寿を支える伝統食であり、調理法も多彩ですので、
毎日の食事の中で大豆製品を積極的に食べる習慣を身につけることががん再発予防には有効ですただし、エストロゲン依存性の乳がんや子宮体がんの治療後では、エストロゲン作用を標榜している大豆イソフラボンを多く含むサプリメントの摂取は控えるべきです。

【イソフラボンは女性ホルモンに似た作用を持つ】

 イソフラボンは、大豆や漢方薬に使われる葛根(かっこん)などのマメ科の植物に多く含まれています。大豆のえぐ味を生み出す原因物質として以前から知られていましたが、抗酸化作用や抗腫瘍効果を示すことが明らかになり、大豆のがん予防効果の主な活性成分と考えられるようになりました。大豆イソフラボンとしてゲニステインダイゼインなどがあり、女性ホルモンのエストロゲンに似た化学構造をしています(図10)。

図10:エストロゲンの一種ベータ-エストラジオールと大豆イソフラボン(ゲニステイン、ダイゼイン)の化学構造

 イソフラボンは、体内でつくられるエストロゲン(女性ホルモン)と構造や働きが似ているため
フィト・エストロゲンと呼ばれています。「フィト」とは「植物」という意味であり、「フィト・エストロゲン」とは「植物エストロゲン」という意味です。
 生体内ではエストロゲンは細胞内のエストロゲン受容体に結合することにより機能が発現します。フィトエストロゲンも同様に受容体に結合することによりホルモン作用を示すと考えられていますが、その作用は弱く、場合によっては生体内のエストロゲンの作用を打ち消す働きもします。
 乳腺細胞はエストロゲンの刺激によって増殖する性質を持っているため、乳がん細胞もエストロゲン受容体の機能が残っている間はエストロゲンに刺激されて増殖が促進されます。このような場合、フィト・エストロゲンは乳がん細胞の増殖を促進するエストロゲンの作用を阻止する働きをし、乳がんの発生に対しては予防効果を発揮します。
 前立腺がんの増殖は男性ホルモンによって促進され、女性ホルモンによって抑制されます。イソフラボンは弱いエストロゲン活性によって、前立腺がんの発生や増殖を抑える効果があります。
 体内にあるエストロゲンのうち発がん性があるといわれているのはエストラジオールです。イソフラボンはエストロゲンと似た構造をしていてエストロゲン様のはたらきをしますが、現在のところ、エストラジオールのような発がん性は確認されていません。

【大豆イソフラボンが乳がん、前立腺がん、胃がん、などを予防する】

 豆腐などの大豆製品を多く摂取している人は乳がんや前立腺がんや胃がんになる率が低いことが、多くの疫学的調査から示されています。例えば、大豆摂取量が多いほど胃がん死のリスクが低いことが、岐阜県高山市の35歳以上の住民約3万人を対象にした追跡調査で明らかになっています。この研究では1992年に食品の摂取状況を調べ、その後7年間の死亡者数と死因を調査しています。分析の結果、男女とも大豆をよく食べる人は、あまり食べない人に比べて、胃がんで死亡するリスクが約半分に低下していました。
 大豆による乳がんや前立腺がんの予防効果に対しては、イソフラボンのフィト・エストロゲン活性も重要ですが、大豆の抗腫瘍効果の理由はその他にもあります。大豆イソフラボンのゲニステインには、がん細胞の増殖を促進するチロシキナーゼと呼ばれる酵素の働きを阻害してがん細胞をおとなしくしたり、アポトーシスという細胞死を促進する作用も知られています。がん組織が大きくなるためには、回りに毛細血管をはりめぐらして酸素や栄養成分を吸収しなければなりませんが、ゲニステインにはこの毛細血管の増殖を防ぐ血管新生阻害作用も報告されています。 さらに、イソフラボンには抗酸化作用もあり、活性酸素やフリーラジカルの害を取り除いて、がんの予防や再発予防に貢献できるのです(図11)。

図11:大豆イソフラボンのがん予防効果

 イソフラボンはエストロゲン様作用と抗エストロゲン作用によってホルモン依存性のがん(乳がん、子宮体部がん、前立腺がん)の発生や増殖を抑制するだけでなく、様々な抗腫瘍作用を持っている。

 動物発がん実験の研究で、ゲニステインが乳がんや前立腺がんや大腸がんの発生を予防する効果が数多く報告されています。例えば、前立腺がんを自然に発病するように遺伝子を改変したマウス(トランスジェニック・マウス)にゲニステインを投与すると、がんの悪性度の進行が抑えられることが報告されています。アジア人には悪性度の高い前立腺がんが少ないことが知られていますが、その理由として大豆製品を多く摂取していることを示唆する研究結果です。
 大豆にはイソフラボン以外にも、フィチン酸、プロテアーゼインヒビター、サポニン、フィトステロール、などにもがん予防効果が報告されている成分が含まれており、これらの総合的な効果ががんの予防や治療に役立っているようです。

【大豆製品はがん治療後の予後を改善する】

 大豆製品の摂取量が多いとがん治療後の予後(生存期間)が良好であることも報告されています。例えば、877症例の胃がんの手術後の生存率と食生活の関連を検討した愛知がんセンターからの報告によると、豆腐を週に3回以上食べていると、再発などによるがん死の危険率が0.65に減ることが報告されています。ちなみに、生野菜を週3回以上摂取している場合の危険率は0.74に、喫煙していると2.53になることが報告されています。
 イソフラボンの臨床効果に関しては多くの論文が発表されています。オーストラリアのニューサウスウェールズにあるRoyal Hospital for Wemenという病院の研究者が 1980年から1995年までに発表されたフィト・エストロゲンに関する861の文献の調査を行って報告しています(A review of the clinical effects of phytoestrogens. Knight DC, Eden JA. Obstet Gynecol. 1996 ;87(5 Pt 2):897-904. )。それによると、フィトエストロゲンが人体の中で生物学的に有効であること、種々の動物モデルや培養したがん細胞の実験でがんの成長を抑制すること、疫学的研究でフィトエストロゲンが人のがんの発生や増殖を抑えるといえること、などが多くの研究で証明されています。
 フィト・エストロゲンにはがん予防効果以外にも、骨からカルシウムの溶出を抑え骨粗しょう症を予防したり、コレステロールを下げる効果や高血圧予防、アルツハイマー病(老年性痴呆)の予防や改善などの効果もあります。このような多彩な健康効果も加わって、大豆製品を多く食べることは、がん治療後の生存期間を延ばすことは間違いないようです。

【醗酵させるとがん予防物質が増える】

 大豆に含まれるイソフラボンの代表はゲニステイン(genistein)で、これががん予防効果や抗腫瘍作用を発揮すると考えられています。大豆の中のゲニステインは糖がついたゲニスチン(genistin)という配糖体でも存在し、このゲニスチンは腸内細菌によって糖がはずされてゲニステインとなって腸から吸収されます。
 国立がんセンター研究所の福武らの報告によると、大豆の1グラム中にはゲニステインが4.6ー18.2 マイクログラム、ゲニスチンが200.6ー968.1マイクログラム含まれています。豆腐の場合は、1グラム中にはゲニステインが1.9 ー13.9 マイクログラム、ゲニスチンが94.8ー137.7マイクログラム含まれています。
 大豆を醗酵させた食品である味噌や納豆では、1グラム中にゲニステインが38.5 ー229.1 マイクログラム、ゲニスチンが71.7 ー492.8マイクログラムとなっており、
醗酵製品では糖がはずれたゲニステインが増えていることがわかります。つまり、ゲニステインの量だけ比較するなら味噌や納豆のほうが良いようです。
大豆を原料とした豆乳には、イソフラボンや良質の植物性タンパク質が豊富で、値段も手頃でスーパーで入手できます。乳酸菌発酵させた豆乳を使ったり、野菜ジュースを加えたものも市販されていますので、がん再発予防の補助として利用する価値は十分あります。

【乳がんや子宮体がんの治療後は、大豆イソフラボンを多く含むサプリメントの摂取は要注意】

 乳腺組織や子宮内膜組織はエストロゲンの作用によって増殖が促進されます。それらの組織から発生する乳がんや子宮体がんの中にはエストロゲンによって増殖が促進されるものがあります。エストロゲン依存性の乳がんの治療後には、抗エストロゲン作用をもった薬剤(タモキシフェンなど)が再発予防の目的で使われています。
 
エストロゲンによって増殖が促進される(エストロゲン依存性という)乳がんの場合には、大豆イソフラボンのようなフィトエストロゲンの摂取は再発を促進する可能性が指摘されています抗エストロゲン剤を使ったホルモン療法を受けているときは、大豆イソフラボンのようなエストロゲン活性を持った健康食品は抗エストロゲン剤の作用を阻害するので摂取しないように指導されるのが一般的です。
 大豆のイソフラボンのゲニステインは、エストロゲン依存性乳がん細胞MCF-7細胞に対して2面的な作用を示すことが報告されています。つまり、低濃度では増殖を促進し、高濃度では増殖を抑制する、という実験結果が報告されています。ゲニステインは低濃度ではそのエストロゲン活性によって、乳がん細胞の増殖を促進し、高濃度ではチロシン・キナーゼ阻害作用などの他の抗がん作用によって乳がん細胞の増殖を抑制するというメカニズムが推測されています。ただし、ゲニステインがチロシン・キナーゼ阻害作用を示す濃度は、ヒトの血中では達成できない高濃度であるため、ゲニステインによる抗腫瘍効果は期待できないという報告もあります。
 卵巣切除したヌードマウスに移植した MCF-7細胞に対してゲニステインと大豆は増殖を促進した、という報告もあります。一方、エストロゲンを投与した正常マウスではゲニステインは乳がん細胞の増殖を抑制した、という報告もあります。
 これから論理的に導き出される推論は、ゲニステインは通常の状態では、抗エストロゲン作用によって乳がんの発生を予防するが、エストロゲン依存性の乳がんが発生した後、乳がんの治療で抗エストロゲン剤(タモキシフェンなど)を使っているときには、大豆イソフラボンは抗エストロゲン剤の作用を阻害して乳がんの増殖や再発のリスクが増す危険性が否定できない、ということになります。
 したがって、最近の文献では、この可能性が強調されていて、
乳がんの治療で抗エストロゲン剤を使ったホルモン療法を受けているときには、大豆製品も含めてフィトエストロゲンの摂取には注意が必要と記述されています。
 それでは、大豆を使った食品(豆腐、味噌、納豆など)も積極的に避けるべきかどうかが問題になります。米国ではエストロゲン依存性の乳がんの場合には、大豆も摂取しない方が良いという意見が多く出されています。大豆製品を積極的に摂取して得られる生理的範囲のゲニステインの血中濃度(100 nMー1microM)では増殖促進に作用するようですので、大豆製品も控える方が良いという意見もあります。しかし、2001年のJournal of Nutrition (131号:p. 3095S-3108S) のSoy for breast cancer survivors: a critical review of the literature.(乳がんの生存者のための大豆:文献的考察)という総説のなかで、それまでの論文をレビューした結論として、「大豆製品を摂取して、乳がんの予後に悪い影響を与えることはない。今まで大豆製品を多く摂取していればそのまま続けても何ら問題ない」と記述されています。
 
エストロゲン依存性の乳がんや子宮体がんの治療後には、エストロゲン活性を目的とした大豆イソフラボンを多く含むサプリメントの摂取は避けるべきですが、大豆製食品を普通に食べることは問題がないと考えて良いと思います。

中国の上海で行なわれた乳がん患者調査(Shaghai Breast Cancer Survival Study)では、手術を受けた乳がん患者5033人を追跡調査し、大豆製食品の摂取量と、死亡率や再発率との関連について検討されています。その結果が2009年に報告されています。この研究結果によると、ホルモン依存性の乳がんでも、ホルモン療法を受けている乳がん患者でも、大豆製食品を全く食べないよりは通常の量を摂取する方が再発率も死亡率も低下することが示されています。
乳がん患者における大豆製食品や大豆イソフラボンに関する最近の研究結果と考え方については以下のサイトを参照して下さい
乳がん患者は大豆製食品をどの程度食べてよいのか?
乳がん患者の大豆イソフラボン摂取の影響:新たな事実
大豆製食品は乳がんの再発率と死亡率を低下させる

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