がん(悪性新生物)は1981年以降わが国の死亡原因の第一位となり、その後がんによる死亡者数は増え続けています。平成10年には、がんによる死亡数は前年より約8千人増の約28万4千人であり、全死亡数に占めるがん死亡の割合は30.3%となっています。
がんは老化とともに必然的に発生してくる病気であり、がんになるリスクは、40歳以上80歳まで5年ごとに約2倍ずつ高くなるといわれています。しかし、がんの3分の2は予防できるといわれており、たとえ発がんリスクの高い基礎疾患や遺伝性素因を持っていても、食生活やライフスタイルを改善することにより発がん過程を抑制できることが明らかとなってきています。
がんの一次予防を推進する上で、「医食同源」や「養生」や「未病ヲ治ス」という東洋医学の考え方と方法論が参考になります。
日本では現在、死亡する人の3人に1人はがんが原因となっています。がんは突然襲ってくるように思われていますが、がんの多くはそれなりの原因があって発生しています。原因がある以上、それを取り除ければ防げることになります。
がんの発生には大きな原因が2つあります。食品中や環境中の「発がん物質」によって遺伝子の本体であるDNAが異常(変異)をおこすことと、体に備わった「抗がん力」が低下することです。
タバコを吸う量が多くなるほど肺がんや喉頭がんなどの発生率が高くなることは良く知られていますが、これはタバコの煙りの中に発がん物質が多く含まれるからです。排気ガスも紫外線も発がん物質であり、食品や薬の中にもがんの発生と関連のある成分が含まれています。発がん物質はDNAと化学反応して遺伝子の異常を引き起こすのでがんの原因となるのです。
私たちの体は酸素を吸って生きるエネルギーを作っていますが、その過程で「活性酸素」という化学反応性の強い分子が発生します。活性酸素はDNAや蛋白質など体の成分を酸化する力が強く、その結果、DNAに変異が生じたり、体の抵抗力が衰えてがんを発生させます。肺から吸った酸素の2%が活性酸素になると言われており、体の中ではたえず発がん物質が作られている状況にあります。
一方、食品中には発がんを抑制する物質(がん予防物質)が存在し、体にはがん細胞を排除する免疫力や活性酸素を消去する仕組み(抗酸化力)が備わっていて、体の内と外から攻撃してくる発がん物質に抵抗しています。がん予防物質を含んだ食品を多く摂取したり、からだの免疫力や抗酸化力を高めてやれば、がんを予防することができるのです。
野菜や果物ががんの予防に効果があるのは、これらの食品中には抗酸化力のある成分が多く含まれていて発がん物質の作用を減らしたり、体の免疫力を高める効果があるからです。
体の中にも活性酸素を消し去る酵素や物質が存在します。免疫力というのは、体の外から侵入してくる異物(細菌やウイルスなど)や体の中で発生するがん細胞などの異常細胞を取り除いて、自分の体を守る力です。免疫力が正常であればたとえがん細胞が発生しても排除してくれます。免疫力と抗酸化力は体に備わった抗がん力といえます。40歳以上になるとがんの発生が増えてくるのは、この抗がん力が低下するからです。食生活や生活習慣(禁煙など)をすることによって体の抗がん力を高めることができます。漢方薬や健康食品を上手に使うと抗がん力をさらに高めることも可能になります。
このように、DNAの変異を起こしたり免疫力を低下させるような要因(間違った食生活や生活習慣)を減らし、がん予防物質を摂取したり体の抗がん力を高めることにより、多くのがんは予防可能であることが証明されています。
がん予防の手段は、一次予防、二次予防、化学予防の3つに大別されています。一次予防はライフスタイル(生活習慣)や食生活の改善により発癌リスクを低下させ、がんに罹らないようにすることを目標とします。二次予防は早期発見・早期治療によりがん死からまぬがれることを目的とするものであり、化学予防はより積極的に薬剤を投与してがんの発生を抑制する方法です。がんの転移予防や治療後の再発予防などを三次予防ということもあります。
医療現場でのがん予防対策としては、がん検診による早期診断と早期治療が主体となりますが、高齢化社会に伴うがん患者の増加に対しては、早期診断・早期治療による二次予防の対策はほとんど効果が期待できません。二次予防にはがんに罹った人の死亡率を下げる効果はあっても、がんの発生率そのものを減少させる効果は期待できないからです。がん患者数の増加を食い止められるのは癌の一次予防しかなく、がん克服の根本的な解決法はがんの一次予防の方法を推進することしかないことは明らかです。
DNAに傷をつけて変異を起こさせる物質をイニシエーター(initiator)といい変異原性物質に相当します。細胞の増殖を促進したり酸化ストレスを増大させる要因は、がん化を促進するプロモーター(promoter)となります。がん細胞は増殖していく過程で次第に多くの遺伝子変異を獲得し、増殖速度も早くなり、転移などを起こすような悪性度の高いがん細胞に変化していきます。これをがんのプログレッション(progression)といいます。このように、イニシエーション、プロモーション、プログレッションというがんの進展は、遺伝子変異の蓄積の結果として起こり、これをがんの「多段階発癌」といっています。
発がんリスクは発がん促進因子と抑制因子のバランスで決定されます。発がん促進因子を減らし、抑制因子を増やすことにより、発がんリスクを低下させることができます。ヒトの発がん因子を検討した研究として、リチャード・ドル博士らによる報告があります(図)。それによると人のがんの約2/3は、食事や喫煙など生活環境にかかわる要因が原因となっていることが指摘されている。そしてそれらの多くは回避可能であることより、がんは自分で予防できる疾患であることが明らかになってきています。
腫瘍組織の体積が2倍になる時間を体積倍加時間(doubling
time)といいます。体内でのがん組織の倍加時間は一般に極めて長いことがわかっています。その原因として、がん組織の中では酸素や栄養の供給が不十分になりやすいこと、細胞分裂する一方で、がん細胞自らがアポトーシス(細胞死)を起こしたり、免疫細胞による攻撃を受けたりして消失すること、などが挙げられています。多くのがんの体積倍加時間は数百日のレベルにあることが報告されています。従って、がんの発生から臨床的にがんが見つかるほどの大きさになるのに、通常は数年から数十年の月日を要しています。最も実際的ながん顕在化抑制のための方法は、遺伝子変異の蓄積を抑えて多段階発がんの過程を遅らせ、微小癌から臓器障害や臨床症状を呈する大きながんになるがん進展の過程を遅らせことにあります。
食事の内容ががんの発生に大きく関与していることが知られています。例えば、日本人の大腸がんはこの30年間で約2倍に増えていますが、これは食事が欧米化して動物性の脂肪や肉の摂取が増えたことが原因と考えられています。動物性の脂肪や肉は体の中でがんの発生を促進する物質を作りだします。一方、魚や大豆製品(豆腐や納豆や味噌など)や野菜・果物は大腸がんをはじめ多くのがんの発生を予防してくれます。お茶を多く飲んでいる地域ではがんの発生率が低いことも報告されています。
日本では肺がんで死亡する人が増えていますが、アメリカ合衆国では逆に減少しています。その理由は、アメリカでは禁煙キャンペーンによって喫煙者が減ったのに、日本では喫煙者が増えているからです。タバコは発がん物質を吸っているようなもので、DNAの変異のみならず、動脈硬化を促進したり血管を収縮して血液循環を悪くし、体の新陳代謝や免疫力を低下させる原因にもなり、がんを発生しやすい体にしています。だれもタバコを吸わなくなれば、がんの3分の1は減らせると考えられています。
適度な運動は、肥満を予防したり体の血液循環や新陳代謝を良くして、がんを予防する効果がありますが、過度な運動は活性酸素の発生を増やしたり肉体的ストレスによって免疫力が低下したりして逆にがんの発生が多くなるというデータもあります.
日常生活での食生活や生活習慣を改善するだけでがんになる危険性は3分の2以上も減らすことができます。がんにかかりやすい体質や遺伝性のがんがあったり、体の中で発生する活性酸素のように避けられない発がん要因もありますが、このような場合でも、がんを予防する要因を積極的に増やすことによりそのリスクを減らすことができます。
国立がんセンターからは、「がんを防ぐための12ヵ条」が発表されています。また米国がん研究財団からは、食生活とがん予防に関する約5000余の学術論文を分析した結果をまとめたリポートが発表されており、がん予防のための勧告として、具体的な数値を挙げて目標を示しています。がん予防のための食生活やライフスタイルのコンセンサスとして以下の1〜3ようにまとめることができます。
(1)発癌因子の摂取を減らす:発癌のイニシエーター、プロモーターになる因子を取らない努力
・たばこを吸わない
・脂肪の取りすぎに注意する:動物性脂肪を控え、植物油を使用して総エネルギーの15〜30%の範囲に抑える。
・赤身の肉は控えめにする:牛肉、羊肉、豚肉などの赤身の肉を1日80g以下に抑える(総エネルギーの10%以下までとする)。できれば赤身の肉の代わりに魚類などを多く取る。
・アルコールの摂取は控えめにする:飲むなら男性は日本酒で1合/日、女性はその半分以下。
・食塩や塩蔵物の取りすぎに注意する:塩分は1日6g以下。調理に香辛料やハーブを使用し、減塩の工夫をする。
・食品添加物や残留農薬に注意する。
・食品の保存に注意し、かびの生えたものを食べない。
・黒焦げの食物は避け、直火焼きの魚や肉、塩干薫製品は控える。
(2)発癌抑制因子の摂取を増やす:抗酸化能やラジカル消去活性を有する物質、食物繊維を積極
的に取る努力
・野菜や果物、豆類、など植物性食品が豊富な食事をする:でんぷん質の主食食品はなるべく精製度を抑えたものを摂取(胚芽米や玄米、全粒粉のパンなど)し、精製した砂糖の使用は抑える。
・四季を通じ野菜・果物を豊富に摂取し、総エネルギーの7%以上を多種類の野菜・果物類から摂取する。
(3)身体機能のバランス維持と運動:
・正常体重の維持:低体重や過体重を避け、成人期の体重増加を5キロ未満に抑える。成人の Body Mass Index (BMI)は18.5〜25に(理想は21〜23)。
・適度な運動:体を動かすことが少ないか、動かしても中程度の職種の人は、一日に1時間の速歩か 、それに匹敵する運動、さらに週に少なくとも合計1時間の活発な運動をする。
米国癌研究財団からの勧告では、1から3までの項目を守れば、栄養補助剤の摂取は不要で、意味がないといっています。しかし、免疫機能も体内の酸化防止の能力も20歳台をピークにして年齢とともに徐々に衰えていきます。抗酸化性物質や免疫賦活作用を有する機能性食品や生薬などを積極的に取ることは、極端に偏った取り方をしなければ有益と考えられます。
5.「ガンが発生しにくい体づくり」がガン予防の基本:
食生活や生活習慣がガンの予防において重要であることは多くの研究により支持されています。そこで、ガンの種類に応じて、どのような食事や生活習慣が予防効果があるかを、人間を対象にした臨床試験や疫学的手法などで研究されています。
臨床試験では、研究に参加する人たちを無作為に2つのグループに分けて、ある食品を投与した場合と投与しなかった場合とでガンの発生率を比較します。疫学的研究ではそれぞれの人の状況(食生活や生活習慣など)を調査して、ガンの発生と関係のある要因を統計的手法で探し出します。多くの研究結果が報告されていますが、それぞれの結果には矛盾するものや結論の得られないものも多くあります。
例えば、野菜や果物を多く食べることは乳ガンの予防に効果があるという報告がある反面、全く関連性はないという報告もあります。お茶や食物繊維など過去の研究でガン予防効果が推測されていたものが、最近の研究でそれらのガン予防効果を疑問視する結果も報告されています。
臨床試験や疫学的研究の結果は動物実験や試験管レベルの結果より、より信憑性があると考えられます。しかし、ガンの発生には多くの促進因子と抑制因子が複雑に関与しているため、たとえガン予防効果がある食品でも効果が弱ければ、人の疫学や臨床試験で関連性を証明することは困難と言わざるを得ません。特効薬のような効果の高いものを追求する西洋医学の考え方では、弱い効果の積み重ねが有効な場合を無視する傾向にあります。
分析的研究を行うため、食品ではなく精製した成分を使ってガン予防効果を検討することも間違った結果を導き出すことがあります。ある食品の効果を一つの成分で代表させるような方法はより「分析的」で「科学的」な研究と捉えられますが、ガン予防の研究では必ずしも正しい方法ではないようです。
西洋医学の研究者はある一つの食品で特定のガンを予防するという要素還元的な考えが強いようです。それは科学的な研究というのが分析的手法でなければならないと考えるからです。しかし、ガンは全身病であって、体全体をガンが発生しないようにするのが、ガン予防の基本です。
乳ガンの治療後に乳ガンの発生を予防する効果のあるものだけを行って、大腸ガンや肺ガンの発生には全く気をつけないというのでは真の再発予防とは言えません。「乳ガンの発生と野菜・果物の摂取とは関連性がない」という疫学結果が最近出ましたから、乳ガンの患者さんが「野菜を取ることは再発予防には貢献しないから食べない」と考えると、これはガン予防法の原則から反します。ガン全体を予防するマクロな視点が、再発予防の戦略として大切です。そのためには、「ガンが発生しにくい体を作る」ためには何をすれば良いかを考えるべきです。
がん予防についてさらに詳しく知りたい人はこちらも参照してください。
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